明治二十四年十月十一日
大阪天地組分教会地所買い入れの願明治二十四年十月二十一日
東分教会長上原佐助歯痛に付願明治二十四年十一月三日 午後六時
梶本松治郎身上厳しきに付願明治二十四年十一月十三日 朝
平野楢蔵身上願明治二十四年十一月十六日
清水与之助身上の願明治二十四年十一月二十五日
芦津分教会部内笠岡支教会所月次祭陰暦十六日、説教日陽暦六日十六日二十六日の御許し伺明治二十四年十二月十四日
天地組の分教会設置に付、神道本局管長より添書到着せしに付、府庁へ出願致し度く願明治二十四年十二月二十八日
南海支教会説教日は陽暦一日、月次祭は陰暦五日との願明治二十四年一月十三日
郡山分教会山城講社取り堅めの願明治二十四年三月十二日
磯村卯之助身上願明治二十四年四月二十三日
杉本清八六十七才身上事情願明治二十四年六月三日
今西万吉内々事情願明治二十四年七月八日
宮森与三郎小人与彦身上願明治二十四年九月一日
飯降政甚神戸へ帰る願明治二十四年九月二十九日
松尾芳松次男雄太郎六才身上願明治二十四年十月十六日
岡本久太郎妻かつ三十九才身上願(夫留守中上げ下だしに付)明治二十四年十一月六日
吉岡栄蔵三十才身上願(斯道会第二百四十八号)明治二十四年十二月三日
松尾唯之助妻おしん三十一才身上事情願明治二十五年一月七日
山沢為造乳母の事に付願明治二十五年一月十六日
寺田まつ身上障りに付願明治二十五年一月二十五日
増田甚七願明治二十五年二月八日
永尾楢次郎家内よしゑ産後身上頻りに迫るに付願明治二十五年二月十六日
高知分教会所永国寺町に於て十二間に八間の新築及び前建物引き直す処の願明治二十五年二月二十四日
平野楢蔵三重県照会事情に付願明治二十五年三月二日
郡山分教会事務所及び物入れ建築の願明治二十五年三月十一日
法貴寺支教会出願の件願(城法支教会)明治二十四年八月四日
天地組分教会設置の件伺(北分教会)明治二十四年八月十三日
中山会長の旧御居間は嘗ては教祖此処に御住居ありしことなれば、取り払いの上境内へ建て遣し置け、との会長よりの命なれば右御許しの願明治二十四年九月八日
山沢為造子供咳く事情よりの願明治二十四年一月十八日
桝井伊三郎、高井猶吉両名大阪真明組へ出張に付伺明治二十四年一月
紺谷久平教会内へ引き越しの願(飾東支教会)明治二十四年二月十二日
高安分教会教祖の御霊を教会所の北側押入に致すべきや、又は座敷に致すべきや伺明治二十四年二月二十二日
五年祭に付信徒には竹の皮包み、通常参拝人には弁当を饗する願明治二十四年三月六日
増野正兵衞女中おみね二三日前より熱の障りに付伺明治二十四年三月二十五日(陰暦二月十六日)
当教会を一等教会に昇級の願明治二十四年四月五日
東分教会所にて本席御昼食後、御障りに付御伺い申し上げし処おさしづ明治二十四年四月十八日
神殿新築に付遷座御許しの事増野正兵衞より願明治二十四年四月二十八日
河原町分教会部内西陣支教会地所の願明治二十四年五月十日
中山会長御居宅新築の願明治二十四年五月二十一日
山名分教会部内愛知支教会設置に付上願の事情願明治二十四年六月三日
梶本松治郎妻うの身上より小人ミチ障りに付願明治二十四年六月十三日
本席及び中山会長郡山分教会へ御越しの事に付願明治二十四年七月四日
芦津分教会月次祭毎月陰暦二十二日、説教日毎月陽暦二日十二日二十二日に定め度くに付願明治二十四年七月十二日
西浦弥平伜楢蔵十九才身上願明治二十四年九月十六日
高知分教会設置の願明治二十四年九月三十日
清水与之助左の腕どうか致しますと痛み又上へ上げますと痛みますに付願明治二十四年十月十一日
芦津分教会部内笠岡支教会設置の願(担任教師河合豊)明治二十四年十月二十一日
春野ゆう七十才喘息の障りに付伺明治二十四年十一月三日
増野松輔身上に付、去る二十一年より兵庫細谷市三郎方へ雇い入れ御許しを蒙り遣し有之処、身上厳しく迫り、三日前に宅へ帰り来り、右は親方の暇を取り十分たんのう致し度く存じます故御許しの願明治二十四年十一月十三日
平野トラ身上願