明治二十四年二月二十七日
紀州正明講支教会の願(南海支教会)明治二十四年三月十三日
増野正兵衞一昨日おさしづ頂きし中に『又々の理も治めてやるがよい』と仰せ下されしは、三木支教会所(兵神部下)の願の事でありますや、春野の方の事でありますや、又夜前より正兵衞一層腹下り厳しく、今朝より便所へ行けば又行くに付願明治二十四年三月二十八日
高安分教会教祖のおめど幣に致し度き願明治二十四年四月十五日(陰暦三月七日)
兵神分教会部内三木支教会の普請の処陰暦三月十日より掛かるの願明治二十四年四月二十三日
南海支教会地方庁出願の願明治二十四年五月二日
本局へ出越しの事情願(中山会長代理の願)明治二十四年五月十二日
平等寺小東祖母身上障りに付、松村吉太郎より願明治二十四年五月二十三日
中山会長御居宅絵図面出来に付、建物事情申し上げ御許し願明治二十四年六月六日
芦津分教会の処地所を買い求めて敷地を広める事情に付願明治二十四年六月二十一日
神道本局員来会事情に付願明治二十四年七月五日
辻忠作娘とめぎくの願明治二十四年七月十九日
山本利三郎伜利正身上願明治二十四年九月二十四日
中和支教会月次祭陰暦二十四日の願明治二十四年十月三日
芦津分教会地所買い求むるに付願明治二十四年十月十五日
宮森与三郎普請の事情に付願明治二十四年十月三十日
前川菊太郎と小東との縁談双方相運びし処都合よく承諾相成りしに付、日限は親様より御知らせ下されますや、又それまで教興寺松村へ預けて仕込んで貰いますがこの儀伺明治二十四年十一月六日 朝
中山教長夫人歯の痛みに付願明治二十四年十一月十五日
土佐高知分教会月次祭陰暦十八日の願明治二十四年十一月二十一日
山中栄蔵身上障り願明治二十四年十二月一日(陰暦十一月朔日)
おさづけ手順相済み、身上の願を申し上げし処直ぐと御話あり明治二十四年十二月十八日
平野トラ身上より夫婦出よとのおさしづに付両人願明治二十四年十二月三十日
志紀分教会を中河分教会と改称の願明治二十四年一月二十六日
宮森与三郎腕の痛みに付願明治二十四年三月二十一日
西井徳重身上願明治二十四年五月十四日
増田亀次郎小人身上願明治二十四年六月二十五日(陰暦五月十九日)午前八時
山本平十郎六十一才身上願(和泉国大高郡美木多村大字檜尾)明治二十四年八月七日
里見久兵衞子息伊太郎身上願明治二十四年九月十六日
宮森与三郎小人身上願明治二十四年十月七日
佐藤山三郎身上願明治二十四年十月二十六日
深谷源次郎身上少し障りに付願明治二十四年十一月十九日
宮森与三郎妻ヒサ身上事情願明治二十四年十二月二十五日
田中安次郎二十三才目の障り願明治二十五年一月十日
桝井安松十六才三島へ寄せて頂く願明治二十五年一月二十日
増野松輔身上だん/\迫り願明治二十五年一月
兵神部内加古支教会住居の方に赤衣祀る願明治二十五年二月十日 夜
衆議院選挙に付県会議長中山平八郎よりは今村勤三を、奈良平田郡長よりは玉田金三郎を運動依頼され、一方断る訳に行かざるに付願明治二十五年二月十八日 夜
永尾よしゑ前おさしづより中山会長出席の上御願明治二十五年二月二十七日
教祖御墓地用豊田山買い入れの願明治二十五年三月三日
高知部内集談所四箇所高知県下へ置く願(繁藤村、山田村、国久村、高岡村)明治二十五年三月十四日
芦津部内池田支教会所地方庁出願に付出張の願明治二十四年八月五日(陰暦七月一日)
河内国柏原の山本利三郎の内にて伊之吉の願明治二十四年八月二十九日
増野いと大便不通追々迫るのは、春野の方の治まり方を御知らせ下されますや伺明治二十四年一月八日
井筒梅治郎息女二人同じ障りに付願明治二十四年一月二十五日(陰暦十二月十五日)
兵神分教会部内三木支教会所の件願明治二十四年二月八日(陰暦十二月晦日)夜
刻限明治二十四年二月十七日
増野喜市家業が暇に付医師になろうか又はこちらへ呼ぶやに付願明治二十四年三月三日(陰暦正月二十三日)
北村平四郎所有地所買い入れ度きに付伺明治二十四年三月十三日
上原佐助身上より願明治二十四年三月二十八日
松村吉太郎口中に歯にて噛みたるの疵出来しに付伺明治二十四年四月十五日
中山たまへ前身上御障りに付事情御願

