明治二十五年二月十八日(陰暦正月二十日)
永尾よしゑ身上今一段鮮やかならず、夜前のおさしづに、三つ一つの理とお諭し下されしは如何の事で御座りますや願

さあ/\尋ねる/\、又尋ねる/\。さしづ/\事情々々理を尋ねる。又尋ねる尋ねる。ようこの事情を聞き分け。何でも彼でも事情聞き分け。事情はどういう事情さしづという。三人寄れば三人の理、五名寄れば五名の理、さしづの理はたった一つの理を諭してある。なれど分かりゃせん。理のさしづには違わんという理を取らにゃならん。身上に事情と言えど事情による。そんなら人の事なら放って置いてもよいというようなもの。事情余程大変、事情理によりて伸び縮み、聞き流しの事情もある。さしづはその日/\の事情さえ治まれば宜きというようなものや。返し返しさしづ、だん/\さしづ、あちらこちら取り混ぜては分からん。改めば治まる。又身上何度の事情、二度三度の事情やあろうまい。返やし/\の諭にもしてある。一人々々の事情、万人とも諭してある。万人一人の理が分からねばどうもならん。これでは成程とどんな事情あれど、治めて行かにゃならん。どんな事こんな事治めにゃならん。集まる処には善き事もどういう事も集まりて立て合う。どちらから出た、よく聞き取らにゃならん。第一事情にも諭したる。数々あれども大変という一つの理を聞き分け。身の内の事情一寸さしづをする。聞けば治めにゃならん。治めば一寸治まる。何とも無くば何とも有ろうまい。だん/\寄せて来て、これまで長らえての間、結ぼれ/\の理がある。存命中諭したる言葉の理、この道伝わって来てこの道違わん。一個人ならどうでもなる。一般事情なら思うようにはならん。これ一つさしづ。又もう程無うの事情に帰りて来る。来たらしっかり諭す。この理どうである。治まる道は神一条の道である。神一条ならば存命一つの理、これ第一である。

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