明治二十五年十一月二十二日
河原町部内石川県能登国鹿島郡鳥屋村字羽坂に能登出張所設置の件願明治二十五年十二月十二日
芦津部内池田支教会設置の件政府へ出願するの願明治二十五年十二月二十日
天理教会一派独立の件に付伺明治二十五年十二月三十日
梅谷四郎兵衞唇腫れしに付願明治二十五年二月二十日
都築寅蔵三十九才身上願(河内狭山字池尻講元)明治二十五年三月十四日
東保太郎四十二才身上願明治二十五年六月十日
吉岡栄蔵三十一才身上願(斯道会二百四十八号)明治二十五年八月二十五日
上原伊助この度美作国出雲国の方へ派出の処、御許し下さるか願(笠岡支教会)明治二十五年十月十二日
斯道会、事務所三島にて建てありますが、その南の方へ、煮炊場四間半に四間の建物、御許し下され度く願明治二十五年十二月七日
山中栄蔵本部に寄せて貰い度きに付、御許し下さるか願(大豆越)明治二十五年三月二十五日
泉支教会所設置に付政府へ出願事情願明治二十五年四月八日
高安部内紀国伊都郡橋本村に於て集談所の儀願明治二十五年四月十九日(陰暦三月二十三日)
村田長平気の間違いに付願明治二十五年五月一日
兵神分教会加西郡講社村方より信仰を差し止めに付願明治二十五年五月十八日
兵神部内社支教会出願の件願明治二十五年五月二十六日
東部内浅草支教会所を浅草区山川町二番地に於て八間に五間の建物の処御許し伺明治二十五年六月四日 夜
刻限御話明治二十五年六月十六日
山名部内出張所小牧町蛯原治郎左衞門持家に於て仮に設置願(小牧出張所)明治二十五年七月一日 午前三時前
刻限明治二十五年七月二十日
平野楢蔵伊勢へ出張する願明治二十五年八月四日
山沢為造、高井猶吉、江州真恵講社へ出張願明治二十五年八月十五日
山本利正気が付かぬに付願明治二十五年八月二十三日
前川菊太郎小東こたま縁談陰暦十月一日と取り定め願明治二十五年九月十二日
増野いと血が下るに付伺明治二十五年九月十九日
徳島県名西郡鬼籠野村撫養部内布教事務取扱所設置願明治二十五年九月二十七日
梅谷たか修行の件に付願明治二十五年十月十一日
山本利三郎小人利正身上願明治二十五年十月二十六日
墓所の建物三間半に四間にする願明治二十五年十一月二日
山本利三郎の東の方へ、稲田源治郎転宅致し度しとの事に付、地所貸しても宜しきや願明治二十五年十一月十七日
中河分教会所開筵式陰暦十月九日に致し度きに付御許し下され度く願明治二十五年十一月二十二日
城島部内愛知県知多郡横須賀町大字新町中野勘三郎宅に於て横須賀布教事務取扱所願明治二十五年十二月十六日(陰暦十月二十八日)
清水与之助身上願明治二十五年十二月二十日 午後
前日本席御身上御障りに付願明治二十五年十二月三十一日
河原町部内蒲生支教会地方庁へ出願の願明治二十五年二月二十日
末村喜助身上願明治二十五年三月十四日
永尾徳松身上障り事情伺明治二十五年六月十日
杉本由松小人直蔵身上願明治二十五年八月二十八日
橋本卯之助次男英之助十才身上願明治二十五年十月十三日
前日南浅之助出直しに付、南辰平後心得のため事情願明治二十五年十二月二十一日
西岡平九郎家内中三島の方へ寄留致し度く願明治二十五年三月二十五日
堺支教会開講式に付式教授のため前川菊太郎出張の願、外に泉支教会出願の願明治二十五年四月八日
永尾よしゑ腹痛み、きぬゑ咳出るに付併せて願明治二十五年四月十九日
増田つね身上願明治二十五年五月一日
増野正兵衞腰の痛みに付願明治二十五年五月十八日
増野正兵衞同月一日おさしづに、「見遁しの事情もある、見遁せん事情もある」とありますが、これは如何なる理でありますや願明治二十五年五月二十七日
兵神部内社支教会陰暦五月二十六日地搗き普請願明治二十五年六月四日
増野正兵衞前さしづ、裏から出る、表から出る理と、囲いの理とを尋ね、又身上目かい左の目ふち下へ目ばちこというもの出来しに付伺明治二十五年六月十七日
増野正兵衞居宅模様替え並びに南の方へ古き建物増築の願明治二十五年七月一日
山本利正身上願明治二十五年七月二十一日
山本コマツ身上願