明治二十三年

明治二十三年三月二十一日
増野正兵衞小人道興夜々泣き、又乳を戻すに付願

明治二十三年三月二十一日増野正兵衞小人道興夜々泣き、又乳を戻すに付願さあ/\尋ねる事情、尋ね同じ事情、日々諭し同じ一つの事情、諭し聞き分け。一つ/\理を洗い、一つの理を聞き、運ぶ一つ尽す一つ、前々事情諭す中、いかなるも成程の理を定めみよ。どっから諭するであろう、よう聞き取ってくれるよう。同日、桝井伊三郎の前のおさしづ

明治二十三年四月十四日 午後五時三十分
本部内成るだけ倹約する事等に付伺

明治二十三年四月十四日 午後五時三十分本部内成るだけ倹約する事等に付伺さあ/\これよう何かの処を聞き分け。第一の事情は席の事情、一つ話掛ける。席というは三才の心、元より話たるなれどどうもならん。人間の心を混ぜんよう。三才の心若き者、女一人の事情に心を合わせ賄うよう。席の事情は三才扱い。いかなる事も尋ね、第一これから一条二条の

明治二十三年四月二十一日
桝井伊三郎及妻おさめ身上障り願

明治二十三年四月二十一日桝井伊三郎及妻おさめ身上障り願さあ/\皆身上に変わりた理は無い。幾重聞いて身上どういうものである。何をさんげい。一寸身上障る。どれだけ思やんすれど、余儀無き事情無い年限の事情、何か治まりの事情、十分一つ旬々心づもり/\、楽しみ無ければならん。いつ/\急く事情、成る楽しみ事情、一寸楽しみ無ければならん。

明治二十三年五月六日
正木国蔵身上願(初代名東支教会長)

明治二十三年五月六日正木国蔵身上願(初代名東支教会長)さあ/\尋ねる処/\、道を以て理を尋ねる/\。道を以て理を尋ねば、一つの理を鮮やか聞かそう。どうせこうせこれは言わん。なれども神一条の理を聞かそ/\。聞き分けば生涯の理を諭そう。さあ/\いんねんの事情扶けやい/\、世上から見て成程あれでこそと言う心をめん/\持ってすれば、

明治二十三年五月十八日
桝井伊三郎身上障り居所願

明治二十三年五月十八日桝井伊三郎身上障り居所願さあ/\身上の事情/\、身上一つの事情、幾重前々諭しある。事情急くと言えば急くであろ。じいとゝ言えばじと、いかなるも真を定め。いつになってこう、事情定め。内々談示定め。押しての願さあ/\日々の処ではいれど一つの事情、不自由の処、身の処事情の理を諭し治まりの事情、一

明治二十三年六月三日 朝
増田甚七左の目障り願

明治二十三年六月三日 朝増田甚七左の目障り願さあ/\身上の処、右左は無いで。一寸の理は諭してある。左善、右悪という理を諭してある。どちらも身の内、難しい身上にも、軽き事情もある。軽き中にも難しい理がある。身の内の処、不足があればいろ/\に思うやろ。思うも理である。身上案ぜる事は要らん。世上へ一つの理が治まってあれば十分という

明治二十三年六月十四日(陰暦四月二十七日)
山沢為造の北側へ、中山たまへ御化粧場新築の願

明治二十三年六月十四日(陰暦四月二十七日)山沢為造の北側へ、中山たまへ御化粧場新築の願さあ/\当分々々、当分の処、一寸軽くやで、何よの処も皆軽くやで。遠くと言えばいつやろと思うやろう。一寸と言えばもう僅かの間や。何するも皆一寸仮家、何時取らんならんやら知れん。許すは皆許す。掛かる処はほんざっとして置くがよい。

明治二十三年六月二十五日(陰暦五月九日)午前九時
前おさしづに付、りきもつ取り払いの事願

明治二十三年六月二十五日(陰暦五月九日)午前九時前おさしづに付、りきもつ取り払いの事願さあ/\尋ねるであろう/\。尋ねん事にはどうもならん。さしづ通り皆心合わせてすれば、どんな自由もして見せる。聞いて居てどういう処も通るもさしづ以て。人間心以てする事は、思い/\の理を計ればどうもならん。日々皆出て来る。連れて戻る。何処からど

明治二十三年七月四日
郡山分教会部内北陸支教会新築の願

明治二十三年七月四日郡山分教会部内北陸支教会新築の願さあ/\/\尋ねる事情/\、まあ掛かり一つの事情、軽くの事情に掛からにゃならん。元より一つ大き望は要らん。地所というは大きな理を以て事情話合い、伝え合い、人気一つ治まる所にするよう。こゝがいかん、どうがいかんてとは言わん。元一つの理を治めるよう。又、普請という、ほんの軽く事

明治二十三年七月十七日(陰暦六月一日)
おさづけ順序の後にて心得のため御話

明治二十三年七月十七日(陰暦六月一日)おさづけ順序の後にて心得のため御話さあ/\一寸さしづするで。年齢々々の処、三十才までは第一前々に諭した。前々の理、これを書き入れんならんで。