明治二十年十一月十八日(陰暦十月四日)増野正兵衞咳伺 明治二十年十一月十八日(陰暦十月四日)増野正兵衞咳伺さあ/\幾重尋ね、身の処、どうでもすっきり事情尋ね、聞き分け。大抵聞く理を、これをしっかり聞き分け、見分け。これを長らえ。吉き日これよいう日、判然道を実を、又々の処分かり、どういう胸も、世界の異状。こうして真の道分かって、又内々国々何かの処、めん/\一人一つ治め切り、心を治 2018.08.15
明治二十年十一月十七日(陰暦十月三日)増野正兵衞咳障り伺 明治二十年十一月十七日(陰暦十月三日)増野正兵衞咳障り伺さあ/\身の処、咳く処何でも/\日々急く。どうで一つこうで一つ、道定め/\、内々ちゃと一つ治め。これだけ治め。又々どんと一つ定めて定まらん。めん/\だけ付けても、内々それ/\先々国々所、どうや知らん。一時結構、どうか又々思う。それには心、何片付け、思案定かなで。日々一つ 2018.08.15
明治二十年十月十九日梅谷秀太郎身上願 明治二十年十月十九日梅谷秀太郎身上願さあ/\小人たる、一寸心得、いつ/\の処、いかなるも尋ねる。何たるさしづ、内々なる処、不足だん/\思う処聞き分け/\、どうせにゃならん言わん。願う処知らしてある。めん/\願う処、願い通りは叶える。内々添うて一つ細道。どうせにゃならん、めん/\月々年々送る。年限相応だけの道は付いてある。何彼 2018.08.15
明治二十年十月二十二日清水与之助おたすけに行き御利益もあり、帰り道にて、左の足に何となく出物でけ、喉ひっ付くように成りしに付願 明治二十年十月二十二日清水与之助おたすけに行き御利益もあり、帰り道にて、左の足に何となく出物でけ、喉ひっ付くように成りしに付願さあ/\万事の処、大勢寄り合うて、幾重の話しても、一人々々の精神より運ぶ事は出けぬ。この理をよう聞き分け。刻限話では一人々々聞きようが違う。それで刻限話もせぬ。一人々々の身の障りより願い出でば、それ/ 2018.08.15
明治二十年十月二十六日真之亮よりの思召を以て、八九人懇親会研究に付御願 明治二十年十月二十六日真之亮よりの思召を以て、八九人懇親会研究に付御願さあ/\いかなる処、どうせこうせは言わん。時談々々、時談はすうきり要らん/\/\/\で。心次第の道を知らんか。どんな者でも、道に譬えて一つ事を聞き分け。さあ/\一分一厘の理を、よう聞き分け。最初拵えた道具は、どういう道具で、拵えた道具や。神がちゃんと見分け 2018.08.15
明治二十年十月梅谷四郎兵衞身上願 明治二十年十月梅谷四郎兵衞身上願さあ/\身上の処/\、どういう障りであろう、どういう処であろう。よう聞き分けさせ。途中で思案、こちらで思案。あちらで定める、こちらで定め。いずれの心持ちて、長くの処でない、暫くの処である。あちらでこちらでの処もある。何にも心に掛けずして、何も彼も心に掛けずして、どんと心を治めさせ。暫くの処と。 2018.08.15
明治二十年十月井筒梅治郎身上障りに付願 明治二十年十月井筒梅治郎身上障りに付願さあ/\心一つ、さあ/\心一つ。大層は十分大層なる処、道のある運ぶ処、いかなる道があれども、世界中の理を見て行き教え。さあ/\心に尋ねるまで、運ぶ心の、日々十分道も知らせ。 2018.08.15
明治二十年十一月四日(陰暦九月十九日)春野ゆう身上伺(増野正兵衞妻の母) 明治二十年十一月四日(陰暦九月十九日)春野ゆう身上伺(増野正兵衞妻の母)さあ/\諭する処も十分伝えある。聞く処大抵聞いて居る。身の内堪えられん時には、ほんに成程と思う。身上速やかとなる。堪えられん時、さづけの証拠にて一時治まる。結構真の中に一つ処よう諭さなならん。伝え処はたんのうの道、これ一つである。十分たんのう伝えねばなら 2018.08.15
明治二十年十一月十三日(陰暦九月二十八日)桝井りんおさづけさしづ 明治二十年十一月十三日(陰暦九月二十八日)桝井りんおさづけさしづさあ/\/\前々よりの話がある。存命中の話がある。針の芯と言うてある。未だ順々の道が分かり難ない。存命中の話が、未だ順々の道が分からん。今一時の処、内々それ/\の一つ芯が運ぶという処、未だ/\分かるまい。その日来れば、確かな事が分かる。男女隔て無い。それまでの処 2018.08.15
明治二十年十一月十三日梅谷秀太郎身上願 明治二十年十一月十三日梅谷秀太郎身上願さあ/\、数々の尋ねる処、数々のさしづは要らん。どう思うてもこう思うても、めん/\の思うように成らせんで。善き事というものゝ、理が回り来るのやで。通り難くい道や、通り難くかろう。そこで、皆無理に願う。許しはする。どう思うても、心に思うようには成らせんで。何ぼ心に思うても、働いても、引き戻 2018.08.15