明治二十年十一月四日(陰暦九月十九日)春野ゆう身上伺(増野正兵衞妻の母) 明治二十年十一月四日(陰暦九月十九日)春野ゆう身上伺(増野正兵衞妻の母)さあ/\諭する処も十分伝えある。聞く処大抵聞いて居る。身の内堪えられん時には、ほんに成程と思う。身上速やかとなる。堪えられん時、さづけの証拠にて一時治まる。結構真の中に一つ処よう諭さなならん。伝え処はたんのうの道、これ一つである。十分たんのう伝えねばなら 2018.08.15
明治二十年十月井筒梅治郎身上障りに付願 明治二十年十月井筒梅治郎身上障りに付願さあ/\心一つ、さあ/\心一つ。大層は十分大層なる処、道のある運ぶ処、いかなる道があれども、世界中の理を見て行き教え。さあ/\心に尋ねるまで、運ぶ心の、日々十分道も知らせ。 2018.08.15
明治二十年十月十二日(陰暦八月二十六日)増野松輔足不自由に付伺 明治二十年十月十二日(陰暦八月二十六日)増野松輔足不自由に付伺さあ/\身上の処にどうと思う処、よう聞き分け置かねば分からん。身上悩む処、何でも彼でも処不足、余の儀ではあるまい。どういう道筋、何たる道筋、その道伝うなら、何でも彼でも、親兄弟浅き処から案じる処、身上いかなる身の悩み、後々続けば一つたんのうして心寄せ。道は何程遠く 2018.08.15
明治二十年十月十二日(陰暦八月二十六日)春野千代腹痛腰子宮痛み伺 明治二十年十月十二日(陰暦八月二十六日)春野千代腹痛腰子宮痛み伺いかなる尋ねる処、前々より神に頼む。いか程思うてもいかん。めん/\かりもの承知。かりもの分かっても、かりものの理自由分からねば何もならん。かりもの理で一寸印あれば、ほんにたんのうして、一つ些か、あれは何ぼ/\思う。めん/\消すのじゃで。日々道も同じ事、何にもなら 2018.08.15
明治二十年十月十三日(陰暦八月二十七日)増野正兵衞神戸へ帰るに付御暇伺 明治二十年十月十三日(陰暦八月二十七日)増野正兵衞神戸へ帰るに付御暇伺さあ/\何も彼も、内々処又々つかえてある。一寸一時一日これよい。内々だんだん明日であろう。大層の道がある。運ぶだけ運べ。今の今分かるまい。身上一寸、内々なる処今の今道、幾重道、それ/\思案々々道ある。なれども何程大層、大き小さいの話、大き小さい立たん。いか 2018.08.15
明治二十年十月十六日 午後二時梅谷四郎兵衞願 明治二十年十月十六日 午後二時梅谷四郎兵衞願さあ/\幾重尋ねる。順序道を諭しある。治まり治まらん。一つの心分かる。難しい事は言わん。日々の処いかなる処、難しならんで。何かの処違わん。めん/\幾重思案難しい。よう聞き分け。もう一寸年明ける。前々処、居るにも居られん。いかなる事情、しんと/\談示日もあろう。日柄一つ満ち来ん。どう 2018.08.15
明治二十年十月十九日梅谷秀太郎身上願 明治二十年十月十九日梅谷秀太郎身上願さあ/\小人たる、一寸心得、いつ/\の処、いかなるも尋ねる。何たるさしづ、内々なる処、不足だん/\思う処聞き分け/\、どうせにゃならん言わん。願う処知らしてある。めん/\願う処、願い通りは叶える。内々添うて一つ細道。どうせにゃならん、めん/\月々年々送る。年限相応だけの道は付いてある。何彼 2018.08.15
明治二十年十月二十二日清水与之助おたすけに行き御利益もあり、帰り道にて、左の足に何となく出物でけ、喉ひっ付くように成りしに付願 明治二十年十月二十二日清水与之助おたすけに行き御利益もあり、帰り道にて、左の足に何となく出物でけ、喉ひっ付くように成りしに付願さあ/\万事の処、大勢寄り合うて、幾重の話しても、一人々々の精神より運ぶ事は出けぬ。この理をよう聞き分け。刻限話では一人々々聞きようが違う。それで刻限話もせぬ。一人々々の身の障りより願い出でば、それ/ 2018.08.15
明治二十年十月二十六日真之亮よりの思召を以て、八九人懇親会研究に付御願 明治二十年十月二十六日真之亮よりの思召を以て、八九人懇親会研究に付御願さあ/\いかなる処、どうせこうせは言わん。時談々々、時談はすうきり要らん/\/\/\で。心次第の道を知らんか。どんな者でも、道に譬えて一つ事を聞き分け。さあ/\一分一厘の理を、よう聞き分け。最初拵えた道具は、どういう道具で、拵えた道具や。神がちゃんと見分け 2018.08.15
明治二十年十月梅谷四郎兵衞身上願 明治二十年十月梅谷四郎兵衞身上願さあ/\身上の処/\、どういう障りであろう、どういう処であろう。よう聞き分けさせ。途中で思案、こちらで思案。あちらで定める、こちらで定め。いずれの心持ちて、長くの処でない、暫くの処である。あちらでこちらでの処もある。何にも心に掛けずして、何も彼も心に掛けずして、どんと心を治めさせ。暫くの処と。 2018.08.15