明治二十三年

明治二十三年十二月二十三日
喜多よし身上三四十日程血下るに付願

明治二十三年十二月二十三日喜多よし身上三四十日程血下るに付願さあ/\身上の処心得ん事情尋ねる。どういう事情身上日々に掛かる。身の案じる事は要らん。案じるからいろ/\理を拵えてはどうもならん。どんな理も聞いて居るやろう、諭しても居るやろう。どれだけ聞いても、身に心得ん事情理を拵えるから身上に掛かる。何にも案じる事は要らん。大丈

明治二十三年一月二十一日(陰暦閏十二月朔日)
西沢増吉三十五才(滋賀県近江国蒲生郡中山村河原町分教会二十四号)

明治二十三年一月二十一日(陰暦閏十二月朔日)西沢増吉三十五才(滋賀県近江国蒲生郡中山村河原町分教会二十四号)さあ/\だん/\の席返し/\の席をして、一日一夜一つ心の理を以て一つ席。席順序一つの理は、よく聞き分け。生涯の理を諭そ。生涯の理を諭するに、難しい事は一つも言わん。どうせこうせこれは言わん。言わん言えんの理を聞き分ける

明治二十三年四月四日
中西殷二十二才(紀州国那賀郡中貴志村大字前田心勇講周旋方)

明治二十三年四月四日中西殷二十二才(紀州国那賀郡中貴志村大字前田心勇講周旋方)さあ/\だん/\の席返やし/\の席をして、さあ一日の日という、一日の日というは生涯、心一つの理を以て一つ席とす。席に順序よく聞き分け。生涯の理を諭しよ。生涯の理を諭するには難しい事は一つも言わん。どうせこうせこら言わんこれ言えん。言わん言えんの理を

明治二十三年五月十五日(陰暦三月二十七日)
麻植房次郎身上願

明治二十三年五月十五日(陰暦三月二十七日)麻植房次郎身上願さあ/\/\尋ねる処/\、先々の事情これまで三つ一つの理を諭そう。前々何か心に事情あって一つの道と言う。運ぶ中に心得ん。どういう事であろうと思うやろ。道のため世界のため運ぶ尽すなれど、身上がどういうものと思うは理である。先々の処はどうやろと思う。運んで一つの道、尽す一

明治二十三年八月二日
増田甚七伺

明治二十三年八月二日増田甚七伺さあ/\余の儀外儀やないで。余の儀外儀は思うやない。身の内一寸内々の処、又あちらやこちらやと身の処に一寸心得んという処、めん/\の処言うまでやない。聞かすまでやない。内々の処治まりてある。身の処心得んという処、どう思うもこう思うも、身の処から一寸心得んと一寸不足なる。日々の処一寸不足なる。家内の

明治二十三年十一月二十四日
岩崎新兵衞家内中出物お障り、又伜万吉鎮台行の事情願

明治二十三年十一月二十四日岩崎新兵衞家内中出物お障り、又伜万吉鎮台行の事情願さあ/\事情々々に尋ねる。又々事情に尋ねる。どういう事であろ。又々どういう事である。心大丈夫定め。同じ中にめん/\内々事情思う事情である。よう事情聞き分け。事情速やか発散。内々家内何たる事情、どういう事情である。一人遠く事情、どういう事情である。日々

明治二十三年一月六日
増野正兵衞及妻、母身上障り伺

明治二十三年一月六日増野正兵衞及妻、母身上障り伺(増野正兵衞十二月三十一日おぢばへ引越す途中、いと妊娠八箇月なるに、龍田の坂にて人力車転覆致せしも御陰を以て怪我無し、その落ちた日の翌一月一日より母の身上、いとの身上に障り、又正兵衞の身上にも障りに付伺)さあ/\何か万事/\、家内々々身上心得ん。身の障りよう聞き分け。遠く思う事

明治二十三年一月二十五日(陰暦閏十二月五日)
上野きく願(梅谷四郎兵衞妻の母)

明治二十三年一月二十五日(陰暦閏十二月五日)上野きく願(梅谷四郎兵衞妻の母)さあ/\それ/\尋ねる事情尋ねる。心一つの理があれば日々という、暫くという。何でも彼でも成程日々に治めるがよい。日々に楽しみばかりの理ばかり。

明治二十三年三月四日(陰暦正月十四日)
永原村岡本善六伜栄太郎十八才身上に付願

明治二十三年三月四日(陰暦正月十四日)永原村岡本善六伜栄太郎十八才身上に付願さあ/\一時身上の処、身上一つ心得ん。どういう事でと思う。一時案じる事は要らん。一日これより/\、一つそれより成る処、聞く処、世界の事情、一夜のこう治まれば重々の理。順序一夜の理治まらん。一つの理に運び改め。一つの理に鮮やか。世上見る、聞く。一夜の理

明治二十三年三月二十日
中山たまへを灘の岸田へ預け修行に出す事を、中山会長より御願

明治二十三年三月二十日中山たまへを灘の岸田へ預け修行に出す事を、中山会長より御願さあ/\長らくは要らん。一寸見て分かろうまい。一つ聞いて分かろうまい。もう世界のため、めん/\身の修行、一つの道を通り見にゃならん。心々幾重ひながたの心、十分の心、よう聞き分けにゃならん。出す事は出来んで/\。治まり心、内内心矯め方、心一つの道の