おさしづ

明治二十年八月二十八日(陰暦七月十日)午前八時
深谷源次郎身上願

明治二十年八月二十八日(陰暦七月十日)午前八時深谷源次郎身上願さあ/\よう聞き分けねば、分からんで。二度三度の身の障り、これまでの身の障り分かるまい。身の障り順序の速やかなるは身の障りに、神の思わく授けもの。内内の処、心一つ定め。一度とも二度とも三度やら分からん。さあ/\何時とも。

明治二十年九月九日(陰暦七月二十二日)午前七時
深谷源次郎

明治二十年九月九日(陰暦七月二十二日)午前七時深谷源次郎さあ/\身の内の処に障り、いかなる処尋ね出る。いかなる処身の障り、細くの道、楽しみ十分の道であれども、細い道がある。一人の処万人の処もある。めん/\の処一つ定めねば、どうもならん。内々の処、細くの道通る。十分の処はこれからと思うてするがよい。たすけ一条の道、あしきはらい

明治二十年九月十日(陰暦七月二十三日)四時
山瀬文次郎

明治二十年九月十日(陰暦七月二十三日)四時山瀬文次郎よう聞き分け。いかなる処々処で、一つ処取り究め、これから一つ処、さしづ中、しいかり、その中、いかなるも、通る。身の内いかなる知らす。どうゆ処、ようよう道のため、たすけ一条ため十分取り集め、一人なりとも奮発の処、何かの処、代わりもせねばならん。珍し証拠渡す。さあそれ/\大事の

明治二十年九月十七日(陰暦八月一日)朝七時
平川しな身上願(平川伊兵衞の母)

明治二十年九月十七日(陰暦八月一日)朝七時平川しな身上願(平川伊兵衞の母)さあ/\よう聞き分けねば、分からせんで。身の内の処、一寸に分からんで。身の内の処一つの理いを分からんで。誠一つを定めようなら、何が難しのやない。身の内の処、さんげした。もうさんげいも無いであろう。実を定めようなら、早くに定め。成る時はし。

明治二十年九月十八日 朝八時
西井徳重五十四才七月より肩より上悩みに付伺(京都建仁寺町松原上ル)

明治二十年九月十八日 朝八時西井徳重五十四才七月より肩より上悩みに付伺(京都建仁寺町松原上ル)さあ/\よう聞き分け。何かの事も、身の内処、かりもの処聞いて居る。聞いたとばかりで理を聞き分け。理を聞かす。聞かした事向こい聞かす。身の内処どうしたら癒る。胸三寸話を聞いて、身の内の処発散する。これよう聞き分け。めん/\身の内障りて

明治二十年十月一日(陰暦八月十五日)
木村スヱ妊娠中コレラ病に付願(本津)

明治二十年十月一日(陰暦八月十五日)木村スヱ妊娠中コレラ病に付願(本津)さあ/\、それ/\妊娠たる処いかなる処、さあ身の内の処一寸に行かんで。先ず先ず道何程の心尽せども、誠の心を尽さねば、めん/\から定めた心、我身大丈夫と思えども、定めた心間違って居る。独りの内より定めた心、身の踏み処十分と思えども、内々の処めん/\定めたる

明治二十年十月十一日(陰暦八月二十五日)八時頃
林九右衞門五十八才(住吉郡喜連村)

明治二十年十月十一日(陰暦八月二十五日)八時頃林九右衞門五十八才(住吉郡喜連村)さあ/\/\/\これまで/\急えて/\十分急き込んだんやで。いかなる/\これ/\これまで/\通り難くい道通り来たる道、これまでの処、通り来たる道、いつ/\までやな/\。さあ/\これより/\、今まで/\何かの分かり無い。銘々処にどうなりこうなり通り

明治二十年十月十五日
岩田ヒサ伺(郡山大工町)

明治二十年十月十五日岩田ヒサ伺(郡山大工町)さあ/\/\身上々々身上処、ほうと思う、心得ん。これまでも聞いて居る。自由自在々々々々聞いて居る処、ほうと思う。今の処とんと十分の心通り見えん。どうや知らん/\思う心、すうきり除けねばいかん。これは道すがらや、長らくの道すがらなら、一分の道すがらなと通らにゃならん。今からこうと思う

明治二十年十月二十三日
大浦伝七長男武治郎六才八月十七日よりの腹痛治まらずに付おさしづ願

明治二十年十月二十三日大浦伝七長男武治郎六才八月十七日よりの腹痛治まらずに付おさしづ願さあ/\/\小児たる処、これどういう処もこういう事も聞き分け。子供の処いかなる処事情聞き分けすれば、一寸実正聞き分け。どういう道すがらの道、真実あればこそ一つの実正なる処、成程々々これまでこう聞き分け。銘々ほんに成程安心と思えども、安心出け

明治二十年十月二十四日 午前八時
紙谷安治郎身上、足底豆の時の伺

明治二十年十月二十四日 午前八時紙谷安治郎身上、足底豆の時の伺さあ/\/\めん/\、身上の処、一度二度の処の障りというものは、聞くや否直ぐと癒るは身の障り、直ぐとならんはほこりである。めん/\心に諭する処に、めん/\案じがありてはどんならん。めん/\身の処定めが付けねばならん。又々内内の処にも、見定め付けて、ほんにという処を