おさしづ

明治二十年七月四日(陰暦五月十四日)
麻川与市身上願

明治二十年七月四日(陰暦五月十四日)麻川与市身上願さあ/\いかなる身の障り一つ真を改め置け。いかなる処聞き分け。真を定めくれるよう。五十年以来だん/\随き来る。一段一大事これからである。一つ奮発、これをしっかり聞き伝えてくれ。一時分かる分からん。これから胸一つ誠一つ大丈夫の心一つ、道の道なら道のためいかなる段、替わる/\道筋

明治二十年七月十七日
山瀬トヨ身上願(郡山)

明治二十年七月十七日山瀬トヨ身上願(郡山)さあ/\中に一つ話、中に一つ道どういういかなる話一つ中、あちら身の障り、さあ/\何よの処よう聞け。何程の処、奮発尽す内々尽す、十分道は分かり切ってある。内々早くの心もあろ。かしもの理始終分かれば、身の障りの処すきり十分話し切り、十分伝えて、一つ道を尋ね出るがよい。

明治二十年八月十二日
柳田由松(高井村講元)

明治二十年八月十二日柳田由松(高井村講元)さあ/\/\/\身上速やか/\いかなる自由、これまで/\十分運び来てある。たすけ一条/\さづけ/\しいかり受け取れ。あしきはらいたすけたまへ天理王命、三遍ずつ三遍唱え、さゞん九遍の理を渡そ。しいかり受け取れ。

明治二十年八月十六日 午後四時二十分
松田常蔵長らえての足の障りにて願

明治二十年八月十六日 午後四時二十分松田常蔵長らえての足の障りにて願さあ/\いかなる処身上一条尋ねる。尋ねる処、さあよう聞き分けねばならん。何程十分々々まあ十分暮らする。何かに十分暮らする処、これまで何も/\分からん。分からん間そのまゝ。身の内理上神のかりもの、聞いて/\一つ理を聞き分ける処速やかならん。尽す一つ理上ある。ま

明治二十年八月二十八日(陰暦七月十日)午前八時
深谷源次郎身上願

明治二十年八月二十八日(陰暦七月十日)午前八時深谷源次郎身上願さあ/\よう聞き分けねば、分からんで。二度三度の身の障り、これまでの身の障り分かるまい。身の障り順序の速やかなるは身の障りに、神の思わく授けもの。内内の処、心一つ定め。一度とも二度とも三度やら分からん。さあ/\何時とも。

明治二十年九月九日(陰暦七月二十二日)午前七時
深谷源次郎

明治二十年九月九日(陰暦七月二十二日)午前七時深谷源次郎さあ/\身の内の処に障り、いかなる処尋ね出る。いかなる処身の障り、細くの道、楽しみ十分の道であれども、細い道がある。一人の処万人の処もある。めん/\の処一つ定めねば、どうもならん。内々の処、細くの道通る。十分の処はこれからと思うてするがよい。たすけ一条の道、あしきはらい

明治二十年九月十日(陰暦七月二十三日)四時
山瀬文次郎

明治二十年九月十日(陰暦七月二十三日)四時山瀬文次郎よう聞き分け。いかなる処々処で、一つ処取り究め、これから一つ処、さしづ中、しいかり、その中、いかなるも、通る。身の内いかなる知らす。どうゆ処、ようよう道のため、たすけ一条ため十分取り集め、一人なりとも奮発の処、何かの処、代わりもせねばならん。珍し証拠渡す。さあそれ/\大事の

明治二十年九月十七日(陰暦八月一日)朝七時
平川しな身上願(平川伊兵衞の母)

明治二十年九月十七日(陰暦八月一日)朝七時平川しな身上願(平川伊兵衞の母)さあ/\よう聞き分けねば、分からせんで。身の内の処、一寸に分からんで。身の内の処一つの理いを分からんで。誠一つを定めようなら、何が難しのやない。身の内の処、さんげした。もうさんげいも無いであろう。実を定めようなら、早くに定め。成る時はし。

明治二十年九月十八日 朝八時
西井徳重五十四才七月より肩より上悩みに付伺(京都建仁寺町松原上ル)

明治二十年九月十八日 朝八時西井徳重五十四才七月より肩より上悩みに付伺(京都建仁寺町松原上ル)さあ/\よう聞き分け。何かの事も、身の内処、かりもの処聞いて居る。聞いたとばかりで理を聞き分け。理を聞かす。聞かした事向こい聞かす。身の内処どうしたら癒る。胸三寸話を聞いて、身の内の処発散する。これよう聞き分け。めん/\身の内障りて

明治二十年十月一日(陰暦八月十五日)
木村スヱ妊娠中コレラ病に付願(本津)

明治二十年十月一日(陰暦八月十五日)木村スヱ妊娠中コレラ病に付願(本津)さあ/\、それ/\妊娠たる処いかなる処、さあ身の内の処一寸に行かんで。先ず先ず道何程の心尽せども、誠の心を尽さねば、めん/\から定めた心、我身大丈夫と思えども、定めた心間違って居る。独りの内より定めた心、身の踏み処十分と思えども、内々の処めん/\定めたる