おさしづ

明治三十年四月十四日
佐賀関に布教所の担任鴻田利吉の処、桝井安松に変更、又二百三十二番地へ移転の願

明治三十年四月十四日佐賀関に布教所の担任鴻田利吉の処、桝井安松に変更、又二百三十二番地へ移転の願さあ/\尋ぬる事情/\、さあ/\前々事情を以て一寸一つどうである。又一つ一時以てこうという尋ねる処、心置き無う許し置こう。又一つ第一に理を諭し置こう。遠く所に、所々に一つ事情一つという。さあ/\皆皆綺麗に/\又先々多分々々の一つの

明治三十年四月十八日
桝井伊三郎、永尾楢次郎両人東京及び仙台地方へ出張の願

明治三十年四月十八日桝井伊三郎、永尾楢次郎両人東京及び仙台地方へ出張の願さあ/\尋ねる事情/\、前々の事情は、途中まで一度の処立ち戻らんならん。余儀無く事情。どういう事、何かの事、何かの事情、心の事情は精神辺所の所にて身に障れば、煩いの上の煩い。一時以て尋ねる処、一度と言えば一度は出て、成るよ行くよう心だけの治め。辺所たる所

明治三十年四月二十日
城法支教会長山本藤四郎家族支教会へ引き移りの願

明治三十年四月二十日城法支教会長山本藤四郎家族支教会へ引き移りの願さあ/\尋ねる事情/\、さあ一時以て尋ねる処、事情は皆々それ/\皆それ/\心という理集まる処、一時以てこうという処、さあ/\許し置こう/\。

明治三十年四月二十二日
大裏西側中央に井戸一箇所願

明治三十年四月二十二日大裏西側中央に井戸一箇所願さあ/\やしき中の事なら、それ/\勝手よいよう、どうこうと決まった事は未ださしづは出け難ない。皆仮家の事なら、何時取っても差し支え無いというよう。仮家なら何処がよかろ、此処がよかろこれ委せ置くによって、そこで一寸話して置く。

明治三十年四月二十二日
増野正兵衞身体中芯骨痛み咳出で、又道興目の障り願

明治三十年四月二十二日増野正兵衞身体中芯骨痛み咳出で、又道興目の障り願さあ/\身上に一寸々々障りという。何も案じる事要らん。なれど、前々より諭す理皆同じ事、事情同じ理ある。万事理集めて掛かりあれば、こうというどうという、どういう事する、こういう事する。役々理治めて居る。成る成らん理、聞き分けにゃならん。よし/\、聞いて了う。

明治三十年四月二十二日
河久保豫章身上三島村にて借宅住居するにより清水与之助、梅谷四郎兵衞の両名世話するに付願

明治三十年四月二十二日河久保豫章身上三島村にて借宅住居するにより清水与之助、梅谷四郎兵衞の両名世話するに付願さあ/\だん/\事情以て尋ねる処、この道一つというは、何も分からん事情々々なれど、どんな者でもこんな者でも、皆んな一つ/\心という理以て、どうでもこうでも真実理、強ってどうでもこうでも、それ/\互い/\理結んでやるがよ

明治三十年五月一日
大裏へ米蔵建築御許し願

明治三十年五月一日大裏へ米蔵建築御許し願さあ/\尋ねる事情/\、建家事情仮家々々、仮の心、さあ許し置こう/\。水車破損に付、新調御許し願さあ/\尋ねる処、まあ十分々々、万事の処は、皆それ/\委せ置いたる。万事自由にするがよい。許し置こう/\。さあ/\尋ねる処、まあ十分々々、万事の処は、皆それ/\委せ置いたる。

明治三十年五月七日
城島分教会担任上村吉三郎出直しに付、後任山田伊八郎を以て願

明治三十年五月七日城島分教会担任上村吉三郎出直しに付、後任山田伊八郎を以て願さあ/\尋ねる事情/\、一代事情どうなり通り、又一つどうもならん。事情心通り理が現われる。心得のためまで知らせ置く。一時定める処、心置き無う定めてやるがよい。さあ受け取る/\。

明治三十年五月七日
梅谷四郎兵衞長女たか先月二十八九日頃より左の耳根の歯痛み休み居り、今に痛み治まりませぬに付喜多治郎吉より伺

明治三十年五月七日梅谷四郎兵衞長女たか先月二十八九日頃より左の耳根の歯痛み休み居り、今に痛み治まりませぬに付喜多治郎吉より伺さあ/\尋ねる事情/\、身上に心得ん事情を尋ねる。どういう事であろう。日々の身の障り、善き事さしづ、皆それ/\心楽しみ持って又一つ事情、皆どういう事楽しみ事情無くばならん。内々十分一つの理から旬という。

明治三十年五月七日
柏原源次郎の願

明治三十年五月七日柏原源次郎の願さあ/\尋ねる処、事情もだん/\事情、成る成らんの理、成る理は何にも言う事は無い。一時見て居られん。それ/\の心一つの理の堪えられん。よう聞き分けて、所々元々こうという道の付いたる。十分という中に一つの理、これ一つの事情聞き取って、皆々それ/\まで諭し置く。一時成らんでない。治まる処にて治まる