明治四十年

明治四十年六月五日(陰暦四月二十五日)
午前一時半より本席身上御障り激しくに付、教長初め宿直本部員一同出席の上刻限の御諭

明治四十年六月五日(陰暦四月二十五日)午前一時半より本席身上御障り激しくに付、教長初め宿直本部員一同出席の上刻限の御諭ウヽヽヽヽ、ウヽヽヽヽ、さあ/\/\夜々、さあ/\夜々々、さあ/\さあ/\/\、どうでそれはえらいえらい、十年を百日に足らず日で、話止めて了う。十年掛かる話、百日で止めて了う。話つゞまる、話容易でいか

明治四十年二月二十六日
湖東部内名古屋支教会長近藤嘉七中山重吉の次男寅次郎二十才養嗣子に貰い受け度く願

明治四十年二月二十六日湖東部内名古屋支教会長近藤嘉七中山重吉の次男寅次郎二十才養嗣子に貰い受け度く願さあ/\尋ねる事情/\、縁談一条一つ理尋ねる事情十分々々の事情、道という事情、将来と言えば末代の心理ある。事情それ/\の心治まれば、いつなりと何時なりと事情許そ/\、さあ/\許し置こう。

明治四十年四月八日
一同一先ず引き取り、しばらくして飯降より姉まさゑの処、理の取違いの処は御詫び申し上げ

明治四十年四月八日一同一先ず引き取り、しばらくして飯降より姉まさゑの処、理の取違いの処は御詫び申し上げすっきり真から治まりゃ、じっと自分の心に浮かんだなら、十分にしてやってくれしてやってくれ。早う運んで一時も心を休ましてくれ/\。それより頼りも楽しみもありゃせんのやで。皆んな結構な事ある事知らん。こんな結構な所、何処へ行たと

明治四十年五月八日(陰暦三月二十六日)午前二時
明日やしきの間数差して申し上げます

明治四十年五月八日(陰暦三月二十六日)午前二時明日やしきの間数差して申し上げますさあ/\/\この間中/\/\、一寸にをい掛け/\、にをい掛けから十分心に成って十分の理諭す。所々手を打って居るぐらいである。又これ言い掛けたら、三箇年の模様五箇年の普請の掛かり、どうでもこうでも、一日も忘れん心皆持ってくれ。一日も忘れんという心皆

明治四十年六月五日(陰暦四月二十五日)
本席身上昨夜より苦痛止まざるに付、教長初め本部員一同親神様に御用の外は身上御楽に成し下されと祈願して本席の前へ出席の上午前八時半刻限の御諭

明治四十年六月五日(陰暦四月二十五日)本席身上昨夜より苦痛止まざるに付、教長初め本部員一同親神様に御用の外は身上御楽に成し下されと祈願して本席の前へ出席の上午前八時半刻限の御諭ウヽヽヽヽ、さあ/\/\/\/\、ウヽヽヽ、さあ/\もう一言々々、ウヽヽヽさあ/\もう一言というは、どういう事と言う。さあ/\誰にも言わず彼にも言わず

明治四十年三月四日
梶本ミキヱ二十五才の処へ福塚信四郎三男秀雄二十七才なる者養子に貰い受け度く願

明治四十年三月四日梶本ミキヱ二十五才の処へ福塚信四郎三男秀雄二十七才なる者養子に貰い受け度く願さあ/\尋ねる事情/\、さあ縁談という、一つ理を尋ねる。さあ縁談一条理はさしづして置く。何よ順序聞き分け。一つ理という、さあ心と/\の理さえ何よの事も治まれば、何かの事情も同じ事。何か心得ん/\これ一つ事情と十分発散。どちらも日を切

明治四十年四月九日(陰暦二月二十七日)午前一時
刻限

明治四十年四月九日(陰暦二月二十七日)午前一時刻限さあ/\/\毎晩々々の事にどうもならん。今日の日大抵の事知らしたで。どうも半端、心にたんのう出来ん。どういう事いかん。今日まで何にも言わずして越して来た。どう語るも言葉、同じ言葉やで。さあ/\もう道はどうなりこうなり治まる/\。一つ/\/\これ一つもう一段の処、これ一つ一寸又

明治四十年五月八日(陰暦三月二十六日)夜十二時過ぎ
昨夜刻限にやしきの東西南北何間何尺計れとの事でありますから、今朝間数計り御両名へ申し上げし処、仰せには大図面引けとの事故、奥村へ申し付けてありますが、尚御身上速やかなりませんのは、他に何か御聴かし下さる事ありますか、教長始め一同揃うて居りますと申し上ぐ

明治四十年五月八日(陰暦三月二十六日)夜十二時過ぎ昨夜刻限にやしきの東西南北何間何尺計れとの事でありますから、今朝間数計り御両名へ申し上げし処、仰せには大図面引けとの事故、奥村へ申し付けてありますが、尚御身上速やかなりませんのは、他に何か御聴かし下さる事ありますか、教長始め一同揃うて居りますと申し上ぐウヽヽヽ。さあ/

明治四十年六月五日(陰暦四月二十五日)午後二時
本席身上苦痛激しくに付、教長初め本部員一同出席の上刻限の御諭

明治四十年六月五日(陰暦四月二十五日)午後二時本席身上苦痛激しくに付、教長初め本部員一同出席の上刻限の御諭さあ/\/\/\、さあ/\又候々々、同じ事を/\今度という今度はもうなかなかの思わく。十分理纏まったる。纏まったるによって、もう話し掛ける/\。前々同じ事返してある。これが第一。あちらでどうこちらでこう、言葉という理多か

明治四十年三月十三日(陰暦正月二十九日)午前八時三十分
平野楢蔵とお話しありし時、俄かに刻限の話

明治四十年三月十三日(陰暦正月二十九日)午前八時三十分平野楢蔵とお話しありし時、俄かに刻限の話一万二千足らんと聞いた。そんな事でこの道どうなるぞ。これでは働けるか働けんか。さあしっかりせい。教祖にこの道譲りて貰ろたのに、難儀さそうと言うて譲りて貰うたのやない、言うて居た日あるのに、何と呆けて居る。さあ/\決まるもの決