おさしづ

明治二十年三月二十五日 午前五時三十分
刻限御話

明治二十年三月二十五日 午前五時三十分刻限御話さあ/\あちらこちら、摘まんだような事を聞いて居た分には分からんで。これしっかり聞き分けねば分からん。神というものは、難儀さそう、困らそうという神は出て居んで。今に始まった事でない。こゝまでほんに成程と思うた日もあろうがな。それ国々から先々まで、受け取りたる処もある。それ故渡すも

明治二十年三月
梶本松治郎父上の身上願

明治二十年三月梶本松治郎父上の身上願たゞ口を借り言うではないで。今の処では何処にも無いで。ようこそ、怪しき処で遁れ、大望の道であった。これからどん/\話通して掛かれ。どうしよ、こうしよ、どうでもかしもの。天然自然めん/\に誠さい定め、実さい定め。身の処心無くてならんなれども、めん/\兄弟。これはこうじゃ、神のさしづ、神を恨む

明治二十年三月
梶本松治郎父上の身上願

明治二十年三月梶本松治郎父上の身上願さあ/\よう聞き分けねば、身の内の処、何でも彼でも、身の処何でもない。それそれ処、身障りどういう事に思う。大層天然なる事なら、どうにも、こういう事も、誠一つ積み置くなら。それを知らずして、こうしたら早かろか、だん/\道を埋んで了い。風呂敷に理五十年を、この所にある。分かるまい。皆々それ/\

明治二十年三月
梶本松治郎父上身上の御願

明治二十年三月梶本松治郎父上身上の御願一つ心、我と我がでに我が身を責めるで。あちらでほゝ、こちらでおほゝと言うて居たらよい。又何でこうせにゃならん思い、心あちらでほゝ、こちらでほゝと言うて居たらよいのやで。一つの心が身に付き、何処も悪いのやないで。病でもない。心澄み切れば、そのまゝ何にも難しい事は無い。あちらでほゝ、こちらで

明治二十年三月二十五日(陰暦三月一日)午前十二時
梶本松治郎父上障りに付願

明治二十年三月二十五日(陰暦三月一日)午前十二時梶本松治郎父上障りに付願身の内の処へ知らせ掛けたるは、年の病でこうなるか、冷え込みでこうなるか。心の立てを替えてくれるがよい。年の迫りてか、時節の迫りてか、追々どうもならん。何と結構やな、よう根気も尽してくれた。これよう楽しみ、いよ/\俺はこんな事してどうもならん、と、思うな。

明治二十年三月二十五日
梶本松治郎子息国治郎身上障りに付御願

明治二十年三月二十五日梶本松治郎子息国治郎身上障りに付御願さあ治まり、芯なる聞き分け。さあ/\一度二度順序いかなる処、順序今一時なる処、小人々々さあ一寸大層順序分からんであろ。何にも難しい/\一条も、思えば速やか理、よう思やんしてみよ。何処に隔て無い。たすけ一条の理、一つ危うき処、何かの処、よく/\聞き分けねばならん。何かの

明治二十年三月二十七日(陰暦三月三日)午後四時
増野正兵衞身の障り伺

明治二十年三月二十七日(陰暦三月三日)午後四時増野正兵衞身の障り伺さあ/\身の障り、さあ声出難くい。余の儀外の身の障りではなく、めん/\心これまで外思わく。人救ける、救けにゃ日々切のうて話出来ぬ。外々先ず/\委細澄み切りてある。身の一つ、席を改めたる処、これを身の処速やかなりたるなら、又大変な楽しみがあろう。一度の楽しみは末

明治二十年三月二十七日 午後七時
上原佐助願

明治二十年三月二十七日 午後七時上原佐助願さあ/\山越え、国越え、土居越えて、どんと下ろしたばかりでは、何にも分からん。ぐるり囲い、栓を締め、根を据えて置かねばならん。さあこれが初めや。始め掛けたら、ドウ/\と見えるで。

明治二十年三月二十七日(陰暦三月三日)午後九時半
本席身上御障りに付御願

明治二十年三月二十七日(陰暦三月三日)午後九時半本席身上御障りに付御願さあ/\日々迫る/\。知らさにゃ、どうもならん/\。言い掛ける事情を治めにゃならんで。さあ/\先々の処々、まあ、よう思やんして見よ/\。さあ/\身の内にてこれ一寸障り付けてある。どうも真実なる知らせたい。どうも分からいでならん。十分迫り切る。迫り切らん事に

明治二十年三月二十七八日(陰暦三月三四日)頃
増野正兵衞身上障りに付伺

明治二十年三月二十七八日(陰暦三月三四日)頃増野正兵衞身上障りに付伺さあ/\身障り、だん/\先ず一つ、いつ/\いつまで楽という。月すがら日すがら、身のあれこれ皆んな今までというは、十のものなら八つ、僅かの違い付かん、纏める。聞いて居る者も聞かん者も、これが一つ丹精。楽しみ無くばならん。これこそ先ず生涯、楽しみ一日、早く渡した