教祖殿逸話篇

171.宝の山

171.宝の山 教祖のお話に、「大きな皮に橋杭のない橋がある。その橋を渡って行けば宝の山に登って結構なものを頂くことが出来る。けれども、途中まで行くと橋杭がないから揺れる。そのために途中から帰るから宝を頂けぬ。けれどもそこを一生懸命で、落ちないように渡って行くと宝の山がある。山の頂上に登れば、結構なものを頂けるが、途中で険しいところ

172.前生のさんげ

172.前生のさんげ 堺に昆布屋の娘があった。手癖が悪いので、親が願い出て、教祖に伺ったところ、 「それは、前生のいんねんや。この子がするのやない。親が前生にして置いたのや。」と、仰せられた。それで、親が、心からさんげしたところ、鮮やかな御守護を頂いた、という。

173皆、吉い日やで

173皆、吉い日やで 教祖は、高井直吉に、 「不足に思う日はない。皆、吉い日やで。世界では、縁談や棟上げなどには日を選ぶが、皆の心の勇む日が、一番吉い日やで。」と、教えられた。 一 日 はじまる 二 日 たっぷり 三 日 身につく 四 日 仕合わせようなる 五 日 りをふく 六 日 六だいおさまる 七 日 何んにも言

174.そっちで力をゆるめたら

174.そっちで力をゆるめたら 元大和小泉藩で、お馬廻り役をしていて、柔術や剣道にも相当腕に覚えのあった中野秀信が、ある日おぢばへ帰って教祖にお目にかかったときのこと、教祖は、「中野さん、あんたは世界で力強やと言われていなさるが、一つこの手を放してごらん。」と仰せになって、中野の両方の手首をお握りになった。中野は仰せられるままに、最

175.十七人の子供

175.十七人の子供 明治十八年のこと。ある日、教祖は、お側の人達に、 「明日は、阿波から十七人の子供が帰って来る。」と、嬉しそうに仰せになった。 が、その翌日も又翌日も、十七人はおろか、一人も帰って来ない。そのうちに、人々は待ちくたびれて、教祖のお言葉を忘れてしまった。しかし、それから十数日経って、阿波から十七人の者が帰って

176.心の澄んだ人

176.心の澄んだ人 明治十八年十二月二十六日、教祖が仲田儀三郎に下されたお言葉に、「心の澄んだ人の言うことは聞こゆれども、心の澄まぬ人の言うことは聞こえぬ。」と。                                                         

177.人一人なりと

177.人一人なりと 教祖は、いつも、 「一日でも、人一人なりと救けねば、その日は越せぬ。」と、仰せになっていた。

178.身上がもとや

178.身上がもとや 教祖の仰せに「命あっての物種というてある。身上が元や。金銭は二の切りや。今、火事やというたら、出せるだけは出しもしようが、身上の焼けるのもかまわず出す人はありゃせん。大水やと言うてもその通り。盗人が入っても命が大事やから惜しいと思う金でも皆だしてやりますやろ。悩むところも同じ事や。早く二の切りを惜しまずに施しし

179.神様笑うてござる

179.神様笑うてござる ある時村田イエが、動悸が出て次第に募ってきて困ったので、教祖にお伺いしたところ、「動悸は神様胸がわからん。と言うて笑うてござるのやで。」とお聞かせ下された。                                             

180.惜しみの餅

180.惜しみの餅 ある人が、お餅を供える時、「二升にして置け。」「いや三升にしよう。」と、家の中で言い争いをしてから、「惜しいけど、上げよう。」と、言って、餅を供えたところ、教祖が、箸を持って、召し上がろうとなさると、箸は、激しく跳び上がって、どうしても、召し上がる事が出来なかった、という。