おさしづ

明治三十一年四月二十一日
旭日支教会へ田畑丸一丁二畝十五歩毎年玄米六石六斗五升、一時金百五十円、同支教会基本財産並びに維持のため教会の重役員より寄付致されるに付御許しの願

明治三十一年四月二十一日旭日支教会へ田畑丸一丁二畝十五歩毎年玄米六石六斗五升、一時金百五十円、同支教会基本財産並びに維持のため教会の重役員より寄付致されるに付御許しの願さあ/\尋ねる事情、まあこれまで長い間の年限という。どうであろ、こうであろという。心という理とんと治まり難なかった。なれど、皆んなそれ/\運び理を積み重ね/\

明治三十一年五月二十七日
高安分教会西尾文七家族共分教会へ引き寄せ御許し願

明治三十一年五月二十七日高安分教会西尾文七家族共分教会へ引き寄せ御許し願さあ/\尋ねる事情/\、皆それ/\人という人、人心一つという。さあ/\日々の通り、日々の事情心という理治まって、いつ/\事情尋ねる事情、まあ/\それぞれ皆の心、理という皆んな心一つが何処からでも、彼処からでも、明らか道という。皆尽した理は、重々受け取らに

明治二十年二月十八日(陰暦正月二十六日)早朝
二十六日のおつとめに就きて御願

明治二十年二月十八日(陰暦正月二十六日)早朝二十六日のおつとめに就きて御願二月十七日(陰暦正月二十五日)の夜、教祖御気分宜しく、御床の上にて御髪をお上げ遊ばさる。さあ/\いかなるも、よう聞き分けよ/\/\。さあ/\いかなるもどうも、さあ今一時、前々より毎夜々々々々伝える処、今一つのこの事情早うから、今からと言うたなあ

明治三十一年六月十八日 朝
おさづけの後にて

明治三十一年六月十八日 朝おさづけの後にてさあ/\一寸事情によって話しよう。万事刻限事情諭そう。夜深皆揃うて尋ね出るがよい。

明治二十年三月十六日(陰暦二月二十二日)午後八時
刻限御話

明治二十年三月十六日(陰暦二月二十二日)午後八時刻限御話さあ/\始め掛けた/\。六年の間、六年以前より道筋、どのような事もあったであろう。何でや。天理王命の旗をあちらこちらに立て、何と変わるもの。一人も寄せ付けなんだ日もあった。又黒衣を着せた日もあった。実が誠か、誠が実か。見えねば分かるまい。そこで得心が行たやろう。

明治三十一年七月二十日
増野正兵衞胸落ちの障りに付願

明治三十一年七月二十日増野正兵衞胸落ちの障りに付願さあ/\尋ねる処/\、身上心得んと順序尋ねる。何度の思やんも同じ事、耳に聞いて居らにゃなろうまい。どんな事もこんな事も掛かるや否や、尋ね順序の理が諭しある。いかな順序も聞き分け。だん/\順序の理どれだけある、これだけの理ある。理と/\理と聞き分け。理の中これだけ理が治まる。順

明治二十年三月二十二日(陰暦二月二十八日)二時
刻限御話

明治二十年三月二十二日(陰暦二月二十八日)二時刻限御話さあ/\放って置け/\。誰彼を仇と言うのやない。大風々々、大風は何処にあるとも知れんもの。大風というものは、どのようの大きな物でも、倒ける潰れる。大風やで。風は神や。風がかりもの無うては、箱に物を入れて蓋を閉め切りた如く、腐ろうより仕様の無いもの。風がそよ/\あるので、半

明治三十一年八月十一日
吉川万治郎十八才梶本ミキヱ十六才縁談の願

明治三十一年八月十一日吉川万治郎十八才梶本ミキヱ十六才縁談の願さあ/\尋ねる事情/\、尋ねる事情、一つの理のさしづという。さしづというは、これまで/\どういう事もこういう事も皆順序諭してある。一時の理を一通り話する。その事情の理の話結んでくれば、何時にても/\これまで毎夜々々諭したる処、皆んなそれ/\聞いて居るであろう。よう

明治二十年三月二十七八日(陰暦三月三四日)頃
増野正兵衞身上障りに付伺

明治二十年三月二十七八日(陰暦三月三四日)頃増野正兵衞身上障りに付伺さあ/\身障り、だん/\先ず一つ、いつ/\いつまで楽という。月すがら日すがら、身のあれこれ皆んな今までというは、十のものなら八つ、僅かの違い付かん、纏める。聞いて居る者も聞かん者も、これが一つ丹精。楽しみ無くばならん。これこそ先ず生涯、楽しみ一日、早く渡した

明治三十一年九月十九日
清水与之助心得のため、端田久吉事情願

明治三十一年九月十九日清水与之助心得のため、端田久吉事情願さあ/\尋ねる事情/\、皆それ/\一時余儀無く事情、尋ねる事情、元々と言えば元々理、こういう事で所始め掛け。順序相談で出来たもの。言わず語らず、順序前々から順序、時と始める心、想像で一つ組み立てたもの。心というもの、銘々こうあったけれども言えん。心淋しいなあ、どうも頼