明治二十一年

明治二十一年十月二十日(陰暦九月十六日)午後十二時十分
かぐらづとめ道具の件伺

明治二十一年十月二十日(陰暦九月十六日)午後十二時十分かぐらづとめ道具の件伺さあ/\/\/\実際尋ねるの事情、いかなる尋ねる処、尋ねにゃなろまい。旬々いつ/\の話、さあ/\すっきりと実を改め、実を定め。さあ/\速やかいかなる事をも聞き分けて。これまでの処、先ず/\雛形、さあ/\世界一つの事情には幾重の教、皆教えてある。教一つ

明治二十一年十一月二十一日
前川菊太郎の伺

明治二十一年十一月二十一日前川菊太郎の伺さあ/\いかなる身の処/\から聞いて置かねばならん。ごをにて実を分かるか聞かし置こう。一日の日をどうでもならん。一日の日を先々に事情ありて、身上に障りありて、治まろまい。先々に一つ事情ありて、ごに居て粗相の無きようと、初め一日の日から身に障りありて、先々治まろまい。一日から始まる日から

明治二十一年十二月十七日
上田民蔵二十八才願

明治二十一年十二月十七日上田民蔵二十八才願さあ/\長らえての道/\、いかなる処/\、身上から重ねて/\、これまで長らえてたすけ一条、これまでの事情、長らえて又たすけ一条に理を無けらならん。さあ/\さづけ一条のため、こうのうの理を渡そ。さあ/\さづけ一条/\、さあさあさづけ/\。一寸はなしからや、あしきはろふてたすけせきこむ、

明治二十一年
梅谷四郎兵衞より御話説教の事に付事情願

明治二十一年梅谷四郎兵衞より御話説教の事に付事情願さあ/\一時尋ねる事情、まあ今の処は暫く。これまでの事情に追々の道である。一寸暫くこれまでの理を以て諭す理は十分であろう。十分は世界という、広くであろう。先ず/\理を以て運んでくれるよう。先ず暫くという。

明治二十一年一月二十二日 午前七時二十分
山本源七三十九才(元斯道会周旋方)

明治二十一年一月二十二日 午前七時二十分山本源七三十九才(元斯道会周旋方)さあ/\/\/\/\/\/\/\たすけ/\/\一条々々さあ/\いつ/\/\いつまでも、一日の日い生涯忘れんようさづけ渡そ。あしきはらいたすけたまへ天理王命、三遍々々さゞん九遍の理を渡そ。しいかり受け取れ。

明治二十一年二月五日 午前七時二十五分
粟田卯之助(京都元斯道会第九号講脇)

明治二十一年二月五日 午前七時二十五分粟田卯之助(京都元斯道会第九号講脇)さあ/\/\/\/\/\/\一条々々、さあ/\尋ね/\一条、さあ/\たすけ一条の一つの理は、さ一つの日い生涯忘れぬよう。どういうさづけ、あしきはらいたすけたまへ天理王命、三遍三遍三々の理を授け。しいかり受け取れ。明二十一年二月七日 午前六時十五

明治二十一年三月頃(陰暦二月)(陽暦三月十三日乃至四月十日)
唄徳松身上伺(兵庫)

明治二十一年三月頃(陰暦二月)(陽暦三月十三日乃至四月十日)唄徳松身上伺(兵庫)さあ/\身上々々処、一寸不足なる。いかなる事も聞き分け。遠く/\一つ理を尋ねる。一つ理を聞け。あちらでもこちらでもいかなる事案じる事、理一つあろ。所所理を聞けば尋ね、信心先々遠く遙々心運び、身の処一つこうある。どういう事であろ。どういう事案じる。

明治二十一年六月十日
葭内与市四十三才同妻いと三十九才身上に付願

明治二十一年六月十日葭内与市四十三才同妻いと三十九才身上に付願さあ/\尋ねる処/\、身上一条の処、尋ねる処/\、よう聞き分け/\。内々の処よう聞き分け/\。一時なるとは思うなよ/\。さあ/\第一一つの事情、一つ諭して置こう。これまでに暮らす中尽す中に一つの理、さあ/\一つはさんげ/\、早く/\。又、めん/\人に諭す事情と、め

明治二十一年七月四日(陰暦五月二十五日)
松本忠七身上の障り、痰吐けば家中臭く又寒気の障り願(摂津国莵原郡熊内村)

明治二十一年七月四日(陰暦五月二十五日)松本忠七身上の障り、痰吐けば家中臭く又寒気の障り願(摂津国莵原郡熊内村)さあ/\身の内の処/\、さあ/\事情一条尋ねる処、さあ/\聞いて一つ見て一ついかなる処尋ねる処、さあ/\難しい事は言わん。いかなる、身上の治まらん事は無い。さあ/\聞くよ一つの理がある。さあ/\身上に一つ思やん。さ

明治二十一年七月
植谷浅次郎願

明治二十一年七月植谷浅次郎願さあ/\心鎮めて聞け。一時一つの理を分からなんだら、めん/\のためにもならん。人のためにもならん。しいかり聞け。どうやろこうやろと、めん/\に理を聞き分けて諭してくれ。まあ一寸には大層。内々にもこれではどういうものやなあ、という心に持たずしてくれ。不自由さそ難儀さそという親が有るか無いか、よう尋ね