明治三十六年三月十三日中村定次郎三十九才身上願 明治三十六年三月十三日中村定次郎三十九才身上願さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上一つ事情だん/\事情重なる/\。又候という、一つよう聞き分け。さあこれまでの間、長らくの間人に言われ他にもあろう。これ運ぶ道あろう。その道という、善き道いかなる末代の理。何と心あいて出来たもの。その中に又一つ身上に不足。又候々々いかな事と思う。思う 2018.08.15
明治三十六年五月二十九日天理教別派独立請願書以前内務省へ提出致しましたが、宗教局では不完全なる故今少し完全なるもの差し出せとの事に付、今回教典を十章に製し、更に出しましたに付、直ちに実行の事に御許しの願 明治三十六年五月二十九日天理教別派独立請願書以前内務省へ提出致しましたが、宗教局では不完全なる故今少し完全なるもの差し出せとの事に付、今回教典を十章に製し、更に出しましたに付、直ちに実行の事に御許しの願さあ/\尋ねる。だん/\尋ねる処/\、もうこれまでにだん/\いろ/\の事して、どうして、どうなりとこうなりとして皆やる事、ま 2018.08.15
明治三十六年三月三十日西松太郎妻うの身上願 明治三十六年三月三十日西松太郎妻うの身上願さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上という一つ理尋ねる。長らえて/\身上に心得ぬ。尋ねる事情何ぼうどう話聞けど身上心得ぬ。どういう事であろう、日々心の理。さあ尋ねる事情余儀無く事情尋ねる。尋ねるから又一つ順序の道諭し置こう。よく聞き分けにゃならんで。さあめん/\も思やんをしてみよ。難儀さ 2018.08.15
明治三十六年六月十三日本部西の方元足達の屋敷仮に板囲いを造り境界へ一つ石並べ、元稲田忠七の屋敷跡西側へ石垣塀築き、川筋石垣を直し土管入れる願 明治三十六年六月十三日本部西の方元足達の屋敷仮に板囲いを造り境界へ一つ石並べ、元稲田忠七の屋敷跡西側へ石垣塀築き、川筋石垣を直し土管入れる願さあ/\尋ねる事情/\、さあ尋ねる事情は皆々それ/\まあこれだけ拡がったらこうと言う。未だ/\の理はあるのやで。さあそこで追々と急く事要らん。年々歳歳天然に大き成りたものは、いつになりて 2018.08.15
明治三十六年五月二十七日葭内久吉儀今度小東こたまを貰い受け度く縁談事情願 明治三十六年五月二十七日葭内久吉儀今度小東こたまを貰い受け度く縁談事情願さあ/\尋ねる事情/\、縁談という一つの理尋ねる。尋ねるには皆々それ/\いかなる理集まる。これという一つ理と言うたる。運ぶ処、事情という一つ理、まあまあ一時事情急く事要らん。十分々々の理一つ理治め。行こうと言う一日の日、二日三日三十日と言う。これよう一つ 2018.08.15
明治三十六年六月二十七日永尾よしゑ昨日朝より腹痛致し一時おたすけ頂きし処、昨夜二時頃より再び痛み、今朝に至り漸く治まりしは如何なるや願 明治三十六年六月二十七日永尾よしゑ昨日朝より腹痛致し一時おたすけ頂きし処、昨夜二時頃より再び痛み、今朝に至り漸く治まりしは如何なるや願さあ/\/\尋ねる処/\、身上一つさあいかなる事と思う。どういう事と思う。尋ねるから一つさしづと言う。又一つ心身上一つ理、どういう障りと言う。これまでに無い障り、これ順序の理一つ諭し置こう。身 2018.08.15
明治三十六年六月二日木下善五郎二十八才身上願(旭日部内織田出張所長) 明治三十六年六月二日木下善五郎二十八才身上願(旭日部内織田出張所長)さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上と言ういかなる事であろう。そこで前々一つ今一時こうと言うて尋ねる理、さあ/\前々代々と言うであろう。代々ほのかの事情に、こんな事になるという事は分かろまい。それ/\どういう事になるこういう事になるという事は分かろまい。又道の理 2018.08.15
明治三十六年九月十八日奈良支教会担任変更願(新担任、春野喜市) 明治三十六年九月十八日奈良支教会担任変更願(新担任、春野喜市)さあ/\尋ねる事情/\、さあ/\皆々の者それ/\これ/\道という理という。何よの事も一つ/\心だけよう/\一つ道を定めてこうと。精神という、将来の心にもあろう。一時尋ねる処余儀無く事情であろう。余儀無く仕切りての処どうでもこうでも精神を定め。一日の日定め。楽しめば 2018.08.15
明治三十六年六月九日北出宇平治六十一才身上願(奈良部内萩出張所担任) 明治三十六年六月九日北出宇平治六十一才身上願(奈良部内萩出張所担任)さあ/\/\尋ねる事情/\、身上という一つ理尋ねる。余程一つ事情であろう。さあ尋ねるから一つ理諭するによって、よく聞き取りてくれにゃならん。さあだんだんとの中大抵の年限の尽したる処、一つ事情一つよう/\と思うたら身上に掛かる。さあ心理思えば頼り無きものと思う 2018.08.15
明治三十六年九月十八日日本橋分教会長中台庄之助妻たけ出直し後、役員の治め方前会長十年祭執行に付、増野正兵衞出張心得の願 明治三十六年九月十八日日本橋分教会長中台庄之助妻たけ出直し後、役員の治め方前会長十年祭執行に付、増野正兵衞出張心得の願さあ/\尋ねる事情/\、遠く年限幾年難しい。さあ/\前々は何も彼も放って了うて余程道を尽し、よう働いた者である。誰彼とも言わん。心に諭す。それ/\心を映しての話は、ようこれ筆に詳しく書き取りてくれにゃならん。 2018.08.15