明治三十三年十二月十三日松尾与蔵小人きぬゑ腹痛に付願 明治三十三年十二月十三日松尾与蔵小人きぬゑ腹痛に付願さあ/\尋ねる事情/\、さあ子供一ついかな事であろうと思う。どういう違いでこうなると思う。何も違いあるまい。道の上からだん/\不自由、一時道を通り重重運んで居るは、日々受け取ってある。どういう事で違うと思う。小人与えたる一つの理、思うやないで。古き台を続いて一つ運んで居る。 2018.08.15
明治三十三年三月十一日中野仲太郎母せつ四十五才目の障りに付願 明治三十三年三月十一日中野仲太郎母せつ四十五才目の障りに付願さあ/\尋ねる事情、身に一つどうも心得ん/\、いかな事、これまでどういう理、これまで道に心映し、どうよこうよ年限経ち、これでという処から、身上どうもいかん/\、尋ねる。尋ねるからは、一つさしづする。どうでもこうでも、この道無理に勧めてなろまい。心から道運べば、皆一所 2018.08.15
明治三十三年五月十七日中井のぶ七十一才脊髄身上願 明治三十三年五月十七日中井のぶ七十一才脊髄身上願さあ/\尋ねる処/\、さあ/\身の処にどうも心得ん事情ある。一つさしづ貰たらなあと思う処、日々であろ/\。長い間重々、一つ/\重々の理に受け取ってある。さあ一寸さしづしよう。これまでどんな話も聞いて居る。治めて居る。これだけ/\思えど、安心出けん。年が何ぼうなあ、心に思えど、発 2018.08.15
明治三十三年七月十三日下和田長助四十五才身上再び願(前おさしづより、もとの支教会へ引き越す精神定めて居りますが、一時おたすけ蒙り候え共、又候障りに付) 明治三十三年七月十三日下和田長助四十五才身上再び願(前おさしづより、もとの支教会へ引き越す精神定めて居りますが、一時おたすけ蒙り候え共、又候障りに付)さあ/\尋ねる事情/\、さあ事情に心得んという。どういう事であろうと思う処、尋ねる。もう大抵ほんの言葉の理で、身の悩みたゞ言葉の理で理がある。身上何たる事と思う。折角なあ、こゝ 2018.08.15
明治三十三年十一月二十二日木下善五郎二十五才身上出物に付願 明治三十三年十一月二十二日木下善五郎二十五才身上出物に付願さあ/\尋ねる事情/\、身上に一つの心得んから、事情々々尋ねる。尋ねるからは諭しよ。諭というは、よう聞き分けにゃならん。取りよ聞きよで、ころりと違う。さしづは間違わんなれど、取りよで間違う。よう聞き分け。中にも/\古い中、今まで古い中、当分事情ではどうぞこうぞあって、 2018.08.15
明治三十三年一月四日(陰暦十二月四日)橋本清の演説を筆記として発行の『天理教会の内幕』という雑誌その筋へ送りしに付、神道本局より一月六日までにその個条々々毎に答えして差し出すように申し来たり、就いては松村吉太郎、山中彦七上京出局の願 明治三十三年一月四日(陰暦十二月四日)橋本清の演説を筆記として発行の『天理教会の内幕』という雑誌その筋へ送りしに付、神道本局より一月六日までにその個条々々毎に答えして差し出すように申し来たり、就いては松村吉太郎、山中彦七上京出局の願さあ/\尋ねる事情/\、何処からどういう事始め掛けるやら知れん/\。大き取れば大きに取れる。小 2018.08.15
明治三十三年一月十九日松村吉太郎身上願 明治三十三年一月十九日松村吉太郎身上願さあ/\身に心得んという/\、いかな事も数々道理掛かりたる。一つ片付けば又一つ、又片付けば又一つ。道やと思い、道一つ道理結構と思えば、結構に成る程に。 2018.08.15
明治三十三年二月十二日平野楢蔵身上願 明治三十三年二月十二日平野楢蔵身上願さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上々々という、身上の中から尋ねる。尋ねば事情諭し置く。まあ心が治まって治まらん。治まって治まらん。そらどういう心治まらんなら、日々無理無き事情、無理無き事情日々楽しんで通りたる処、こういう事と思う心。心が顔色にも出せん、姿にも出せんが理なれど、日々思う処ほんに 2018.08.15
明治三十三年三月二十一日上田ナライト建物の願(上田たきの身上障りから神様へ御願い申せしそのおさしづに、上田ナライト仕切りて引き寄せるよう運べと仰せ下されしに付、詰員一同相談の上本部長へ申し上げ、建物北の大裏の石屋の仕事場のそばあたりへ建てという事でありますから御許し願) 明治三十三年三月二十一日上田ナライト建物の願(上田たきの身上障りから神様へ御願い申せしそのおさしづに、上田ナライト仕切りて引き寄せるよう運べと仰せ下されしに付、詰員一同相談の上本部長へ申し上げ、建物北の大裏の石屋の仕事場のそばあたりへ建てという事でありますから御許し願)さあ/\尋ねる事情/\、だん/\事情、一つ/\の事情を、 2018.08.15
明治三十三年四月二十六日山口県下奈良支教会萩の講社と高安分教会部内講社と衝突事件に付高安分教会より願 明治三十三年四月二十六日山口県下奈良支教会萩の講社と高安分教会部内講社と衝突事件に付高安分教会より願さあ/\心に掛かる事は、尋ねにゃ分からん/\。皆何かの道理が添うてある。何か年限から道理考え。一時、どうしょうこうしょうと思た処が、成るものやない。あちらこちら順序重なりて、又事情どうなりこうなり道である。どうなりの道付いたら 2018.08.15