明治二十四年

明治二十五年一月十一日
誠心講総集談所を添上郡治道村大字白土に於て御許し願

明治二十五年一月十一日誠心講総集談所を添上郡治道村大字白土に於て御許し願さあ/\尋ねる事情/\、尋ねる事情は、さあ/\いつ/\までやあろまい、だんだんこれまで一つ/\日々治まる処に一寸始め掛ける。心通り委せ置く。心無う掛かるがよい。

明治二十五年一月二十一日
高安分教会部内光道講第三号大県村に於て支教会所設置願い出せしも分教会と接近に付如何致すべきや願

明治二十五年一月二十一日高安分教会部内光道講第三号大県村に於て支教会所設置願い出せしも分教会と接近に付如何致すべきや願さあ/\尋ねる/\、所はどういう理、一つには用いる理はどうであろう。それだん/\思うは一つ理、何程の事情、どれだけめん/\心通り心という理があろう。そこで心事情こうという。治まりたら何時にても運ぶ。会

明治二十五年二月一日(陰暦正月三日)夜
永尾楢次郎身上大腹痛に付願

明治二十五年二月一日(陰暦正月三日)夜永尾楢次郎身上大腹痛に付願さあ/\身の内/\、さあどういう事、何時の事とも知れん、事情々々理がどういう理がある。何にも思わしくあろまい。事情にもだん/\どういう事情もある。見て一つ事情、分からん事情あろまい。見てから言うのやない、見ん先から事情、何時とも事情始まり、何時も計り難ない。これ

明治二十五年二月十一日
飯降さと身上の願

明治二十五年二月十一日飯降さと身上の願さあ/\身上の処、どうもならん。何遍同じ事を尋ねる。諭したる処変わる。遠く話やあろうまい。皆長い間皆出て来て居る。身に出て来たらどんな事も知らすやら。一寸草生え一寸掛かり、いつの事であろ、話だけそうであったか。成る道を通って分かってある。何箇年後どういう事も、又何箇年どういう理も、どうい

明治二十五年二月十九日
教祖御居間へ座蒲団火鉢出し置きまして宜しきや願

明治二十五年二月十九日教祖御居間へ座蒲団火鉢出し置きまして宜しきや願さあ/\それは尋ねるまで。存命中の心で居ればよい。存命中どうしてくれ、遺し置いたる言葉の理始め掛けにゃならん。三方等取り換えの儀伺さあ/\一寸尋ねる処、これはこうしたならと思えば、心通りしてくれるよう。これはこうしたならと思えば、こうしてくれ

明治二十五年二月二十七日
教祖御墓地用豊田山買い入れの願

明治二十五年二月二十七日教祖御墓地用豊田山買い入れの願さあ/\前々以て事情始め掛け、一つの心、尋ね出る事情、一寸許したる。あちらの事情、一寸の事情に治まるまい。だん/\事情、これから始め掛けたら出来る、どうでも出来る。尋ね掛けたら一時の理が見えて来る。どんな所でもよいで。一日の日運び掛け。許し置こう/\。

明治二十五年三月三日
増野いと身上歯の障りに付伺

明治二十五年三月三日増野いと身上歯の障りに付伺さあ/\事情々々尋ねる/\。尋ねるからさしづを以て心事情を治め。どういう事、めん/\一日の日、又々一日の日は話々、いかなるもそのまゝ事情治まる。一時些か事情、成る成らん事情、世界を見て一つの理聞き分け。一つのたんのう事情諭し。同時、増野正兵衞右の足きびす何時となく障り願

明治二十四年七月二十八日
板倉槌三郎のおさしづ

明治二十四年七月二十八日板倉槌三郎のおさしづ一年経ってほのかの理、前々一つの理、一日の処よく一人のため、それ/\万人の国々ともいう。不注意そら/\という。前々諭しある。それはどうした安心一時といえば直ぐ/\受け取る。いや/\陰々、心案じを先に立て。日々処これまで事情運んで、一時道を運んでは心に案じ、神の道とは言わん。これから

明治二十四年八月六日
郡山分教会部内山陰支教会設置願

明治二十四年八月六日郡山分教会部内山陰支教会設置願さあ/\尋ねる事情/\、尋ねる事情の理は所々順々の道という。順々運び掛けたら分かる。何か分かる。一時尋ねる事情、追々運び理は十分許そ/\。運ぶ事情、順々運び、急く事要らん。理は十分許そ。

明治二十四年八月三十日
兵神分教会部内三木支教会長藤村喜代松世上の事情も有之、信徒の事情も有之に付、やむ得ず富田伝次郎へ当分委せ度くの願

明治二十四年八月三十日兵神分教会部内三木支教会長藤村喜代松世上の事情も有之、信徒の事情も有之に付、やむ得ず富田伝次郎へ当分委せ度くの願さあ/\中の中/\に一つ第一という、第一の中に一つという。なれど多くという理がある。一つには世界という中に一つという。運び掛けたる処から、だん/\という。なれど一つ怪しいと思う。一時なれども世