おさしづ

明治四十年三月十三日 午後八時頃
上田ナライトの普請の事情、尚増野正兵衞会計の事情話しの時に俄かに御話

明治四十年三月十三日 午後八時頃上田ナライトの普請の事情、尚増野正兵衞会計の事情話しの時に俄かに御話さあ/\年限追うて、年限数えてみよ。四十年以来と言えば、余程古い事であろう。一度足らん事を台にするはどういうもの。残念でならん/\。残念やわい。そんな事言う場席ではあろうまい/\。聞かす場席ではあろうまい。残念聞いてくれ/\。

明治四十年三月二十二日(陰暦二月九日)
上田ナライト建物の屋敷どの辺という処願

明治四十年三月二十二日(陰暦二月九日)上田ナライト建物の屋敷どの辺という処願さあ/\事情一つ以て尋ねる処、さあ/\もう待ち兼ねて/\十分待ち兼ねて居る。どういう事待ち兼ねて居るなら、前々事情順序心に数えてみよ。大祭という、多分多分の子供帰って来る事情楽しみ、一つ満足の理を与えたる処、どういう処なら、一つ身上と言う。万事の処、

明治四十年四月二日(陰暦二月二十日)午前一時半
上田ナライトの普請南の方へと仰せ下されましたが、いずれの処へと申し上げ

明治四十年四月二日(陰暦二月二十日)午前一時半上田ナライトの普請南の方へと仰せ下されましたが、いずれの処へと申し上げウヽヽヽさあ/\無けにゃならんもの、その何たるものか、心という理よう噛み分けてみよ。何処へどうしょう彼処へこうしょう、どうする。何を働く。何のために働く。この一つの心、よう聞き分けにゃ分からん。

明治四十年四月三日(陰暦二月二十一日)午前二時過
やしき取り除けの事申し上げ後の御話(居合わせし者桝井伊三郎、板倉槌三郎、島村菊太郎、飯降政甚の四名)

明治四十年四月三日(陰暦二月二十一日)午前二時過やしき取り除けの事申し上げ後の御話(居合わせし者桝井伊三郎、板倉槌三郎、島村菊太郎、飯降政甚の四名)ウヽヽヽさあ/\日々勇んで掛かれば、どんな事でも出来るなれど、あちらで心配こちらで心配、どうであろうこうであろうと思う。何よの事も一年掛かり三年掛かり、五年掛かりても、ろ

明治四十年四月四日(陰暦二月二十二日)午後十一時四十分
刻限御話

明治四十年四月四日(陰暦二月二十二日)午後十一時四十分刻限御話さあ/\/\/\この間うち、さあ/\長らえて/\十分のこれ話し掛けたる。さあ/\十分の事話し、どうやらこうやら思わくの処、こう言うたであろう。これからはこれ第一。神の話台と言う。何から何まで。この道又長らえての身の障り、一日二日四日五日経てばどうであろう。いかなる

明治四十年四月五日(陰暦二月二十三日)
昨夜の刻限申し上げ、尚外に御聞かし下さる事ありますれば御聞かし下され度しと願

明治四十年四月五日(陰暦二月二十三日)昨夜の刻限申し上げ、尚外に御聞かし下さる事ありますれば御聞かし下され度しと願さあ/\まあ話し掛けたら大きな話やで。大きい話聞いて、大きい事は皆承知して掛かって居るやろう。中程というものは難しいようなもの。一寸には行かん事やが、大きい事は大きいして掛かれば行くもの。又どんと話仕掛けるやろう

明治四十年四月六日(陰暦二月二十四日)
昨夜のおさしづ読み上げ、派を分けるという事お尋ね申し上げます

明治四十年四月六日(陰暦二月二十四日)昨夜のおさしづ読み上げ、派を分けるという事お尋ね申し上げますさあ/\派を分けるという、派を分けるというは、どういう事と思う。さあ/\こうせん事には行かん、どうせん事には行かん、維持が立たんと言うは、派がころっと違う。どんな事もこんな事も、一つの心より始まったもの。一手一つが道理に適うなれ

明治四十年四月七日(陰暦二月二日)午前一時五十分
昨日の運び方、明日になれば松村も帰りますから、談じまして一手一つに運び方致しますが、何か他に御聞かせ下され度しと申し上げ

明治四十年四月七日(陰暦二月二日)午前一時五十分昨日の運び方、明日になれば松村も帰りますから、談じまして一手一つに運び方致しますが、何か他に御聞かせ下され度しと申し上げさあ/\一人やそこらの事、後からどう言うこう言う事あるか。今までそういう事して居るから道遅れる。遅れるから濁る。何が一人二人やどうこう理があるか。さあ

明治四十年四月七日(陰暦二月二十五日)午前二時半
本部の会計と学校の会計と一つにと申し上げ

明治四十年四月七日(陰暦二月二十五日)午前二時半本部の会計と学校の会計と一つにと申し上げ何も誰に大層掛けるのやない。皆喜んでするのや。それに、どうであろうこうであろうと、余計にして居るのや。それだけしっかりと皆々に頼んで置くで。さあ/\すっきり心配の無いようにしてやろう。心配や難儀や苦労、神が始めるか。これから一つ理

明治四十年四月七日(陰暦二月二十五日)午前九時半頃
夜前のおさしづ読み上げの後、学校の方の領収証も本部の名義で出すという事を教長御認可になりました、と申し上げ

明治四十年四月七日(陰暦二月二十五日)午前九時半頃夜前のおさしづ読み上げの後、学校の方の領収証も本部の名義で出すという事を教長御認可になりました、と申し上げ強い/\/\/\。そうなけにゃならん/\。二派三派に派を分けるから、どうもならん。出来た/\よう出来た。これから一つも違わぬようやらにゃならん。何も案じる事要らん。それと