明治二十年

明治二十年三月二十二日(陰暦二月二十八日)夜三時
刻限御話

明治二十年三月二十二日(陰暦二月二十八日)夜三時刻限御話外の事、どういう事を運び付け難ない。どうこうと思わぬ。どういう事も言うに及ばぬ。どうでもこうでも、一寸のにをい難しく言い掛ける。又それ/\の処、何と一寸摘もんた処に早く行かんで。

明治二十年四月六日(陰暦三月十三日)
増野いと身上伺

明治二十年四月六日(陰暦三月十三日)増野いと身上伺さあ/\いかなる尋ね。すっきりして、内々日々結構言うまで、分かって居る。世界何なん、結構何、こうして日々勤めくれる処は受け取りて居る。内々の処一つの思案聞かねばならん。自然天然道理なるどうじや。生涯あたゑ、いかなる事はあまり、いつまで晴天の日はあるまい。

明治二十年五月十六日(陰暦四月二十四日)
増野正兵衞身上障り伺

明治二十年五月十六日(陰暦四月二十四日)増野正兵衞身上障り伺さあ/\まゝだん/\一つ道分かる。幾重道分かる。今一時という。互い/\、まあ一時の処これで十分、これで居れば十分。心に掛かるは、めん/\身に掛かる。この道通ればこれでこそと聞き、道の中付いて付かん道がある。こうすれば、定め心暫くはじっとして心に掛けぬよう。

明治二十年七月二十三日(陰暦六月三日)
増野正兵衞体内あちらこちら疼くに付伺

明治二十年七月二十三日(陰暦六月三日)増野正兵衞体内あちらこちら疼くに付伺さあ/\今の今/\、いかなる処、事情まあどちらも/\判然、これなら一つ定め。こち分からん、遠く分からん、伝える処に道が分からん。身の処身に一寸々々、ぢばに一寸、その中思うように運ばん。いつ/\運ばん。又一つめん/\家内それぞれ今でも幾重掛かろうか。一日

明治二十年九月三十日(陰暦八月十四日)
増野正兵衞口中の伺

明治二十年九月三十日(陰暦八月十四日)増野正兵衞口中の伺さあ/\寄る処、ぢば一つ、いかなる処話、内々いかなる話、ぢば一つ話、どういう話聞く。一寸何を聞く、聞き遁がし。どんな事でも取り掛け話掛け、何とも無し、どうするこうすると言う。暫くの間、色々話伝え、話取れ。第一固まるその心、元あち日々一寸話して置け。奮発、何も見て居るがそ

明治二十年十一月十七日(陰暦十月三日)
増野正兵衞咳障り伺

明治二十年十一月十七日(陰暦十月三日)増野正兵衞咳障り伺さあ/\身の処、咳く処何でも/\日々急く。どうで一つこうで一つ、道定め/\、内々ちゃと一つ治め。これだけ治め。又々どんと一つ定めて定まらん。めん/\だけ付けても、内々それ/\先々国々所、どうや知らん。一時結構、どうか又々思う。それには心、何片付け、思案定かなで。日々一つ

明治二十年十二月二十一日 午前十時半
池田村講元植田平一郎おさづけ

明治二十年十二月二十一日 午前十時半池田村講元植田平一郎おさづけさあ/\/\、順序々々順序いかなる順序、自由自在々々々々。いかなる心、さあさあ一日々々々々日しいかり/\と、さあ/\/\受け取れ/\。さあ/\/\さあ、さづけ/\たすけ一条のため、あしきはらひたすけたまへ天理王命、三遍づつ三遍、三々九遍の理を渡そ。しいかり受け取

明治二十年五月十七日(陰暦四月二十五日)
松尾芳松身上願

明治二十年五月十七日(陰暦四月二十五日)松尾芳松身上願さあ/\遠く所事を以て尋ね出る。さあ/\事を以て尋ね出る処、これ諭する。悟りようがある。諭しの処、身の内処/\にて、分からん処が出来る。さあいかなる。遠くだん/\聞くとも遠く聞く。分かり難ない。尽せども/\分からん。随分分からんではない。諭する処時談言葉でも、身の内話かり

明治二十年十月二十四日 午前八時
紙谷安治郎身上、足底豆の時の伺

明治二十年十月二十四日 午前八時紙谷安治郎身上、足底豆の時の伺さあ/\/\めん/\、身上の処、一度二度の処の障りというものは、聞くや否直ぐと癒るは身の障り、直ぐとならんはほこりである。めん/\心に諭する処に、めん/\案じがありてはどんならん。めん/\身の処定めが付けねばならん。又々内内の処にも、見定め付けて、ほんにという処を

明治二十年十一月二十日(陰暦十月六日)
山田伊八郎身上願(右の足の付け根障りに付伺)

明治二十年十一月二十日(陰暦十月六日)山田伊八郎身上願(右の足の付け根障りに付伺)さあ/\身の内の処、この理はどういう処、大抵成る成らんの道も通り、一つは銘銘の多くの中、その中まあどんと気掛かり、あちらからもこちらからもどう、兄弟の中からもどう、さあすうきり何も彼も苦がすうきり遁れたるで。さあ道は一条であるで。さあ尋ねに来る