明治二十年

明治二十年
萩原治兵衞五十七才願

明治二十年萩原治兵衞五十七才願さあ/\/\しいかり聞け。長々の処心を尽し、成る成らんの処尽す処は十分受け取ってある。めん/\それ/\の中もだん/\通り、世界を見/\、めん/\も我が身にありたらなあと思て、たんのうという心を定め。これ程したという心無しにせよ。たんのうという心を第一にせよ。

明治二十年二月二十五日(陰暦二月三日)午後七時
御諭

明治二十年二月二十五日(陰暦二月三日)午後七時御諭第一をびやたすけ、さあ三日目三粒を三つ、三三九つを百層倍。これをかんろうだいへ供え、本づとめをして、元のぢばなる事を伝え、をびや許しを出す。

明治二十年三月十七日 午後七時
刻限御話

明治二十年三月十七日 午後七時刻限御話さあ/\今までというは、仕事場は、ほこりだらけでどうもこうもならん。難しい難しい。何も分からん。何も分からんではない、分かってはある。なれどもほこりだらけや。さあ/\これからは綾錦の仕事場。錦を仕立てるで。こゝ暫くの間は、今日は食事が味が無いという日もある、又進む日もある。あちらもこちら

明治二十年三月二十三日(陰暦二月二十九日)午後三時
御諭

明治二十年三月二十三日(陰暦二月二十九日)午後三時御諭何にも外事は言うではない。どうしよう、こうしようと思えども、どうもならん。一寸にをいを掛ければ、情無い事、煩い事と思う。どうも道の付けようが無い。難しい。運びの付けようが無い。是非無い事。

明治二十年四月十六日(陰暦三月二十三日)
増野正兵衞身上障り伺

明治二十年四月十六日(陰暦三月二十三日)増野正兵衞身上障り伺さあ/\よう聞き分け/\。さあいかなる尋ね/\、どういう事情、身上一切。さあ/\まあ、これまでいかなる処、どうこも/\据え、一段一寸に/\と筆に記し、早く急ぐ処もあり、悠っくりする処もあり、いろ/\道、日々月々年々に道。めんめんに一寸身の障り、心晴れぬ処、一日早く、

明治二十年六月十三日
井筒梅治郎家内の者、身上障りに付、御願いせしに、水のおさづけを頂けり。その時のさしづ

明治二十年六月十三日井筒梅治郎家内の者、身上障りに付、御願いせしに、水のおさづけを頂けり。その時のさしづさあ/\内にも障り付けて引き寄せた。長々細道余程勢もあるまい。さあ/\長々のきゅうこう、その功によって、さあ/\さづけ、神水の水をさづけ。さあ/\さあしっかり受け取れ。この水にて人を救けるのやで。たとえ何処の水、どのよの水

明治二十年八月二十三日
梅谷四郎兵衞身上の願

明治二十年八月二十三日梅谷四郎兵衞身上の願さあ/\、道の道なら、通さにゃならん。なれど長い道、これもしいかり聞いて置かねばならん。どんと心を定めて運ぶなれど、この道は、いつ/\の事であろうと思うて、退屈であろう。そこで、内の事、何よの事も、こうあゝと思うてする事は、どうせにゃならん、こうせにゃならんと言うて、さしづは無い。さ

明治二十年十月六日(陰暦八月二十日)頃
増野正兵衞口中歯に付伺

明治二十年十月六日(陰暦八月二十日)頃増野正兵衞口中歯に付伺さあ/\日々処、まゝ大抵十分の処、思う処障る。一日送る日、年々経ち来る道、身の処に障り不自由無く、めん/\真実さえ定めるなら、長く末の年限、天然自然の道よき処、事も日も、何たる日もある、年もある。何でも彼でも付けて来たる日もある。身の障り話し思案して、思いからいかな

明治二十年十一月二十一日
平野楢蔵身上願

明治二十年十一月二十一日平野楢蔵身上願さあ/\/\是非の是非、是非の道なら通らにゃならん。蓋を取る/\。思やん思やんの道運べばどうもあろうまい。早く思やん、事情の道早く心洗え。多き水なら一寸の濁りは分からん。一寸の処の水なら一寸の濁りでも、一時は早く/\散らして居るも、日々に暇が要る。成り来た道ならば、早く掃除して了うがよい

明治二十年十二月
富田伝次郎身上願

明治二十年十二月富田伝次郎身上願さあ/\身の内の処、身上よう聞き分けねばあかんで。めん/\身の内一つ/\処、よう聞かねばならん。内々の処、何かの処聞き分け。だん/\長い処、幾重尋ね。身の障りいずれ/\、一度二度話て見ても見る。何か通り、見て尋ね。内々家内、これも速やかと言えば速やか。心一つ案じる事は無いで。思うようなる。心通