明治二十四年九月二十六日
丹波国亀岡町に於て河原町分教会部内亀岡支教会設置に付願明治二十四年十月四日
井筒梅治郎身上願明治二十四年十月十九日
高知県高知市本町六十三番地に於て高知分教会設置地方庁出願の件願明治二十四年十月
増野松輔の願明治二十四年十一月八日
河原町分教会部内西陣支教会開講式本月十五日の願明治二十四年十一月十五日
松村吉太郎身上願明治二十四年十一月二十二日
芦津分教会部内西宮支教会設置の件願明治二十四年十二月二日
増野正兵衞足の障りすっきり致しませんに付願明治二十四年十二月二十日
丹波国福知山に於て芦津分教会部内福知山支教会所設置致し度きに付願明治二十四年十二月三十日
高知分教会長島村菊太郎引き越しの願明治二十四年二月三日
絹川松蔵伜芳太郎身上願(西宮)明治二十四年三月二十一日
兵神分教会所の玄関へ衝立を置く願明治二十四年五月十四日
森岡善次郎身上願(伊賀)明治二十四年七月五日
深谷源次郎願明治二十四年八月十四日
深谷悦次郎三十九才身上願明治二十四年九月十八日
山本秀治郎身上に付願明治二十四年十月八日
酒井佐吉身上願明治二十四年十月二十九日
杉浦徳蔵長女身上願明治二十四年十一月二十三日
小西定吉長男清吉十五才身上願明治二十四年
小西幸治郎六十一才身上願(宇陀郡神戸村大字西山小西定吉父)明治二十五年一月十一日
誠心講東組集談所を山辺郡小山戸西尾宅に於て御許し願明治二十五年一月二十一日
南海支教会部内名古屋に於て集談所設置の事情願明治二十五年二月三日
節会中分支教会より提灯献灯の願明治二十五年二月十一日
鴻田藤三郎の伺明治二十五年二月十九日
春野ゆう耳の後くさに付願明治二十五年二月二十七日
梅谷たね肩こるに付願明治二十五年三月五日
梅谷たね肩のこりに付願明治二十四年七月三十一日
炊事場普請御許しの願明治二十四年八月六日
豊後中津講社の事情心得のためまでに伺明治二十四年九月一日
山沢為造鼻の穴に小さき出もの出来しに付事情の願明治二十四年一月十三日
飾東支教会開講式一月十九日二十日(陰暦十二月九日十日)の願明治二十四年一月二十七日 夜九時
刻限明治二十四年二月十日(陰暦正月二日)
兵神分教会部内三木支教会所出願の願明治二十四年二月二十一日(陰暦正月十三日)
兵神分教会部内三木支教会出願の願明治二十四年三月四日
増野正兵衞居宅東側地所高安分教会より買い入れ本部へ寄付致すべきに付願明治二十四年三月十八日
村田幸助身上歯の痛み及び妻すま身上の願明治二十四年三月二十八日
本席東京東分教会所招待に付御供として梶本松治郎、高井猶吉、増野正兵衞三名御許しの願明治二十四年四月十五日
植田平一郎身上の願明治二十四年四月二十五日
神道本局会議に付、部下分局及び直轄教会来集に付、当中山会長上京の願明治二十四年五月六日
船場分教会内の井戸の事情願明治二十四年五月十八日 午後十一時
刻限御話明治二十四年五月二十九日
梶本松治郎身上速やかならぬに付二度願明治二十四年六月十一日(陰暦五月五日)
山沢サヨ俄かに腹痛みに付願明治二十四年六月三十日
神道本局会議の結果を部内分支教会長及び詰員だけ集会して定めたものであるや、各講長も集めたものであるや伺明治二十四年七月八日
井筒梅治郎大阪へ帰る事の願明治二十四年九月九日(陰暦八月七日)
本家棟上げの事情願明治二十四年九月二十六日
江州八日市に於て河原町分教会部内湖東支教会設置に付願明治二十四年十月五日
城島分教会開筵式に付本席出張に、梶本松治郎、桝井伊三郎、鴻田忠三郎、辻忠作の四名随行伺明治二十四年十月十九日
島ケ原支教会出願の願明治二十四年十一月一日(陰暦九月三十日)
上田嘉治郎娘ナライト事情より願