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    • 明治二十二年七月十二日(陰暦六月十五日)
      増田甚七小人身の障り願
           
    • 明治二十二年七月二十七日
      松村吉太郎口中に歯のかみたる疵出来しに付伺
           
    • 明治二十二年八月十三日(陰暦七月十七日)
      上田嘉治郎六十才身上障りに付伺
           
    • 明治二十二年九月四日
      松村吉太郎のぼせるに付伺
           
    • 明治二十二年九月二十三日
      阿波国板野郡撫養斎田村に於て、撫養支教会設置の件に付願
           
    • 明治二十二年十月二十六日
      増野正兵衞三島村足達保次郎田地三畝九歩買入れに付、御礼を申上げおさしづ
           
    • 明治二十二年十一月三日(陰暦十月十一日)
      ,さあ/\尋ねる事情尋ねにゃ分からん。尋ねれば何彼もさしづする。一時一つの事情尋ねる処、これまで事情に遅れてある。今の処は一時芯と言うて定めてない。定めたら何座のつとめに何人と言うて、人数が要る。いんねん無き事情は治めよとても治まらん。一座分かる/\。今一時勤めてくれるよう。今一時人数定まりない。いずれ人数の芯を定めにゃならん。定めても一時と言うて代わりを出さんならんという日もある。そこで多くの人数が要ると言うてある。一座にこの理を切りて、又今度のつとめと代り合うて勤めてくれるよう聞き分け。あの者がつとめ一条の芯と言うても、心の理によって芯が立たんという事情もある。古きいんねん一つ事情、そこで一つ何かの事情も治めてくれるよう。
           
    • 明治二十二年十一月二十日
      増野正兵衞前々おさしづに『継ぐ間違うのち/\十分一日の日』と御聞かせにあづかり、就ては正兵衞三年以前に隠居致し、松輔を本人と定めましたのが、違いますかの伺
           
    • 明治二十二年十二月十四日(陰暦十一月二十二日)午前六時
      中山会長始め、橋本清、桝井伊三郎、梅谷四郎兵衞、増野正兵衞、河原町分教会所開筵式に出張の儀御許し願
           
    • 明治二十二年
      上原佐助願
           
    • 明治二十二年二月二十八日
      上村治一郎三十才(京都斯道会第三十八号周旋方甲賀郡植村)
           
    • 明治二十二年四月二十四日
      寺田城之助十日程前より咳出るに付願
           
    • 明治二十二年七月七日
      岡本久太郎長男太助十一才身上願
           
    • 明治二十二年八月七日(陰暦七月十一日)
      牧伝七四十二才身上願(大阪東区淡路町一丁目)
           
    • 明治二十二年八月二十七日 午前八時
      中島安蔵(斯道会第八十三号講元)
           
    • 明治二十二年十一月二十日(陰暦十月二十八日)
      松尾唯之助伺
           
    • 明治二十二年
      木村寅蔵三十三才身上願
           
    • 明治二十二年十月十八日
      増野正兵衞鼻先一寸痛み、又夢にかみそり身に打付ける事四度、誰とも分からず、追い掛け身体抱きかゝえ、脊より切られると夢醒めしに付伺
           
    • 明治二十二年一月十五日
      増野正兵衞目かい障り伺
           
    • 明治二十二年一月二十九日
      松村吉太郎前の二十六日のおさしづを考えるに、そのおさしづはぢばへ常詰しておぢばにて尽すべきや、又は国所に於て分教会を設けとの事なるや、両方の何れなるや伺
           
    • 明治二十二年二月十一日(陰暦正月十二日)
      増田ならえ身上願
           
    • 明治二十二年三月一日(陰暦正月三十日)午後一時三十分
      前伺の『なか/\遠く速やか一つ運び、一つ道』又『心と心と心にある』という理は、これは増野正兵衞生国長州へ帰りて神様の御話を伝える事でありますか、又これは悟り違いでありますか伺
           
    • 明治二十二年三月二十六日(陰暦二月二十五日)
      取次中当番を定める事の願
           
    • 明治二十二年四月十六日
      郡山分教会の願
           
    • 明治二十二年四月二十九日
      林由松十八才身上障りに付願
           
    • 明治二十二年五月二十日
      増野正兵衞神戸へ帰る御許し願
           
    • 明治二十二年六月十五日(陰暦五月十七日)
      兵神分教会所開講式御礼申上げ、後々順序の儀、清水与之助、増野正兵衞、岩崎新兵衞の三名より総代にて願、講社一同協議では毎月三度説教、中山会長よりは、警察署の内達の廉も有之に付、毎月六度、どちらを御許し下されますや伺
           
    • 明治二十二年七月六日(陰暦六月九日)
      山沢為造次女出産に付、どなたの御帰り下されしや、御名を御下げ下さるよう伺(このおさしづにより、後日中山会長より、ミキノと御付相成る)
           
    • 明治二十二年七月十三日(陰暦六月十六日)
      村田長平の願
           
    • 明治二十二年七月二十八日(陰暦七月一日)
      兵神分教会詰員の重立つ者身上に付、清水与之助、増野正兵衞心得のため伺
           
    • 明治二十二年八月十七日(陰暦七月二十一日)
      増野喜市の身上心許なく、神様の御守護にて全快致せしや、遠国の処にて案じらるゝに付伺
           
    • 明治二十二年九月七日 午前七時
      上原佐助左の足首痛みに付願
           
    • 明治二十二年九月二十三日
      松村栄治郎身上伺
           
    • 明治二十二年十月二十六日
      増野正兵衞居宅新築御許し願
           
    • 明治二十二年十一月三日(陰暦十月十一日)
      松村栄治郎身上伺、(郡山増田方にて世話致し度き願)
           
    • 明治二十二年十一月二十日
      諸井その三十三才身上障りに付伺
           
    • 明治二十二年十二月十四日
      奈良平田郡長より中山会長を呼び出し、その談示には、江州高浜郡長より同地方にて、天理教会講社の者間違いな事をするにより、教会の事に詳しき者が来て取締りくれとの事に付、平田郡長添書を持ち橋本清出張の御許し願
           
    • 明治二十二年
      浅田ならゑ目の悩み願
           
    • 明治二十二年三月二日 午前十時頃
      田淵広七五十四才(但馬国二方郡丹出村天地組講元)
           
    • 明治二十二年四月二十四日(陰暦三月二十五日)
      村田ミツ三十六才(大和国信貴村天龍講周旋方)
           
    • 明治二十二年七月九日
      磯村卯之助目かいの障り伺
           
    • 明治二十二年八月八日(陰暦七月十二日)
      松本国松妻おなを二十六才身上願
           
    • 明治二十二年九月三日(陰暦八月九日)午前八時
      中村清六二十七才(斯道会第三十八号周旋方)
           
    • 明治二十二年十二月一日 午後五時
      天野善七伺
           
    • 明治二十二年
      富田伝次郎身上願
           
    • 明治二十二年十月二十日(陰暦九月二十六日)
      石西三五郎地所買入れの儀伺
           
    • 明治二十二年一月十八日(陰暦十二月十七日)午後七時
      本席の席間御普請に付伺
           
    • 明治二十二年一月三十日(陰暦十二月二十九日)
      神戸へ帰り講元周旋方一同寄って兵神分教会の地所に付談示し、富田伝次郎地面と定めて御許しを願、清水与之助、増野正兵衞両名より伺
           
    • 明治二十二年二月十四日(陰暦正月十五日)午前一時
      刻限御話
           
    • 明治二十二年三月三日(陰暦二月二日)
      河内国講社中より分教会設置願
           
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