明治二十二年

明治二十二年十一月二日
古沢弥兵治三十五才(近江国甲賀郡上村斯道会周旋方)

明治二十二年十一月二日古沢弥兵治三十五才(近江国甲賀郡上村斯道会周旋方)さあ/\だん/\返やし/\の席をしい、さあ一日の日生涯、心一つの理を以ちて一つ席、席に順序生涯の理を諭しよ。生涯の理には、よく聞き分け。難し事は言わん。どうせこうせこれは言わん言えんの理を聞き分けるなら、何かの理も鮮やかと言う。人間という身の内という、皆

明治二十二年十二月二十日(陰暦十一月二十八日)
宮森ヒサ身上願

明治二十二年十二月二十日(陰暦十一月二十八日)宮森ヒサ身上願さあ/\身上一寸心得ん。どういう事で幾重の話する。理を伝え。どういう事を聞き分けて、一寸何であろうまい。長らえていんねんの理を以て、今まで一寸どうなる。一日の日もある。十分理を運んで、一日と言う。嬉しい一日、尋ぬる一日、前前から理を聞かす。何も案じる事は要らん。めん

明治二十二年頃五月二十日 午後一時
天野家内願

明治二十二年頃五月二十日 午後一時天野家内願さあ/\いかなるも心得のため、さあ/\どういう事であろ。さあ/\実があれば実がある。どういう事もあろまい。さあ/\早く/\/\身の処分かろまい/\。尽すなれども、早く尽せども、痛む悩む処はどういう事という。何かの処身の悩む処、早く/\/\。今の事やない。案じる事は心一つは定め。一寸

明治二十二年一月十三日(陰暦十二月十二日)
増井幾太郎妻みつえ二十九才願

明治二十二年一月十三日(陰暦十二月十二日)増井幾太郎妻みつえ二十九才願さあ/\/\、だん/\/\の席をして、こうのうの理を受け取れど、未だどうしても分かり難ない。親に孝心、夫に貞女、世界の事情、どうでもこれを分けねばならん。返やせとは言わんで。返やせばどうも仕様があろうまい。

明治二十二年一月二十四日(陰暦十二月二十三日)午前八時五十五分
本席御障りに付願

明治二十二年一月二十四日(陰暦十二月二十三日)午前八時五十五分本席御障りに付願さあ/\やれ/\。道理々々道理上説くで。さあ/\身の重々、何時重々出て来るかも分からん。皆尋ねるから聞いて思やん、皆談示一つするからどんな事でも皆出ける。長らえて一人二人の思やんでは出来難ない。いかなる処の理、どんな処の理がある。今ではどうにもなら

明治二十二年二月八日(陰暦正月九日)
大阪真明組分教会地所の処願(芦津分教会)

明治二十二年二月八日(陰暦正月九日)大阪真明組分教会地所の処願(芦津分教会)さあ/\/\尋ねるからは、さあ/\諭しよう。日々心尽す処は皆んな受け取る受け取る。さあ/\所々には一つの名を下ろす/\。さあ/\一寸大層な事は要らんで。元々一つの理を見て、さあ/\初め一つの理を以て一つの理治めるなら、順順の道という。押して願

明治二十二年二月二十一日 午前九時四十五分
本席身上御障りに付伺

明治二十二年二月二十一日 午前九時四十五分本席身上御障りに付伺さあ/\一日の処は、悠っくりと放って置くがよい。夜々静かなる時、又々どんな話も聞かそ。一日の処はすっきりと構わんと放って置くがよい。

明治二十二年三月十八日(陰暦二月十七日)
松村吉太郎河内へ帰国に付御暇願

明治二十二年三月十八日(陰暦二月十七日)松村吉太郎河内へ帰国に付御暇願さあ/\一時一つ事情、尋ねるからしっかりと諭し置く。内々の事情、世界の事情、どうやろうと思わんよう、心に思わんよう。大きい心を定め。何かの事も案ぜず運ぶ心ならば、心の誠一つでいかなる事も、自由という理を諭し置く。

明治二十二年三月二十八日
平野楢蔵家の願

明治二十二年三月二十八日平野楢蔵家の願さあ/\一時尋ねる処/\、何か一つの理、一時心に掛かる事、さあ/\何かの処の事情聞かして置こう。さあ/\刻限々々々々というは、皆んな揃うて居る処を以て刻限話を聞かそ。その聞かす処の話は、人間始め一条より、何彼の処を皆々話聞かそ。刻限はいつとも言わん。

明治二十二年四月二十三日
増野松輔身上おたすけ御礼申上げ、主人先へ職を教えにやるのを、主人が職を知らん故、内へ置きましたものでありますや、又主人方へ其儘置いて宜しきや伺

明治二十二年四月二十三日増野松輔身上おたすけ御礼申上げ、主人先へ職を教えにやるのを、主人が職を知らん故、内へ置きましたものでありますや、又主人方へ其儘置いて宜しきや伺さあ/\尋ねる処、何の思案も分かろうまい/\。尋ねる処、暫く処じと。