おさしづ

明治二十一年十月九日
国定幸太郎二十五才(備中国新が村真明組)

明治二十一年十月九日国定幸太郎二十五才(備中国新が村真明組)さあ/\だん/\だん/\席を聞いてだん/\の日も送り、聞いた上も理も聞かし、くどう/\の理も聞かさにゃ。遠く所遙々運ぶ処国々の所、所々実を定めて、先ず先ず国所にては成程の人や、成程の内やなあと言う。世界に理を無けらならん。内内互い孝心家業第一、これ二つの理を心に治め

明治三十三年五月二十五日
辰巳宇三郎六十六才身上願

明治三十三年五月二十五日辰巳宇三郎六十六才身上願さあ/\尋ねる事情/\/\、身に事情という、どういう理であろ、と思う処尋ねる。身上事情、心に思う事は何もあらせんで。一日の日楽しみ、それ/\楽しみ、日に/\楽しんで働いて居る。そうすると、どういう事と思う。身に掛かる事、通常の事なら安心なれど、惣々心病む/\。万事それ/\内外心

明治二十一年十月二十四日(陰暦九月二十日)
端田久吉身上願(兵庫真明講社講元)

明治二十一年十月二十四日(陰暦九月二十日)端田久吉身上願(兵庫真明講社講元)さあ/\いかな障り、身上から一つの事情尋ねる。いかなるも又心得ん/\。いかなるも開け/\。一代の一つの理を諭そう。一代一つの理を諭そう。第一に一つの講、所々に一つの講、こうのうの事情さっぱり分かるまい。先ず/\前々に一つの事情々々、事情は全くの事情。

明治三十三年九月一日
植木平助六十才身上願

明治三十三年九月一日植木平助六十才身上願さあ/\尋ねる事情/\、身上一つ一時理を尋ねる。さあ/\何ぼうでもならんならんと言うは、これ日々の処であろ。又それ/\だん/\運べども理が無いという処から尋ねる。尋ねるは一つ諭す。よう聞き分けにゃ分からん。道という理という、年限通りたる中に、身上どうと更に持つな。思うな。道に理がありて

明治二十一年十二月三日(陰暦十一月一日)
北嶋友五郎二十五才(阿波国板野郡大須村真心組周旋人)

明治二十一年十二月三日(陰暦十一月一日)北嶋友五郎二十五才(阿波国板野郡大須村真心組周旋人)さあ/\/\/\だん/\一つ/\の席、又替わり/\の席、又一日の日を改めて席をする/\。さあ/\一日の日に席にて、一つの理を生涯の心で聞き分け/\。どんな心もある。どんな心も、直ぐには受け取る/\直ぐに返やす。さあ/\聞いた理や。この

明治三十三年十一月二十七日
浅野庄之助二十五才身上願

明治三十三年十一月二十七日浅野庄之助二十五才身上願さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上いかな事情、身上一つどうもこうも判然なあ思えども、理が鮮やかならん。長い間日柄どういう事であろう思い/\日送る処、よう尋ねるから、諭そ。よう聞き分け。聞きよ取りよで、ころりと間違う。よう聞き分け。身上という、どうでもこうでも、日々勇んで楽しんで

明治二十一年
扇清治郎身上伺

明治二十一年扇清治郎身上伺さあ/\心一つ順序の理、いかなる順序も聞き分けよ。見分けよ。何かの処も尽すこれだけ運ぶ処、十分受け取ってある。その運ぶ中に、内々の処神一条なら、心定めて居る中、さあ/\一日のたすけ/\、これも通らんならん。誠説いて、理を治め。内々の処、もの追々かいた/\と思う心、この理聞かして置け。一日の日は半日と

明治三十四年三月一日
堺支教会長平野辰次郎へ田原支教会役員竹西長松弟千次郎貰い受け度く願

明治三十四年三月一日堺支教会長平野辰次郎へ田原支教会役員竹西長松弟千次郎貰い受け度く願さあ/\尋ねる事情/\/\、縁談一つ事情尋ねる。尋ねば一つ又事情のさしづもしよ。皆々それ/\心という、どちらも心という、これでという/\、楽しみやなあ。心の楽しみ寄って、これでという運ぶなら、何時なりと許し置こう。

明治二十一年
永尾徳松、宇野善助、中村松之助以上三名御伺

明治二十一年永尾徳松、宇野善助、中村松之助以上三名御伺さあ/\理を尋ねる。定めて尋ねるなら実を聞かそ。実を聞かせば実を聞き分けるやろ。これまで長らえて/\真実一つの道である。実を聞き分けて、何でも/\踏ん張る処が根である。根から枝も栄える。それから自由自在の道も見えるのやで。又一つ前々より聞いてある処一つ。これから先という、

明治三十四年三月三十日
河原町分教会長深谷徳次郎外小人それ/\身上に付願

明治三十四年三月三十日河原町分教会長深谷徳次郎外小人それ/\身上に付願さあ/\尋ねる/\。尋ねる事情/\、さあ/\いかな事とそれ/\内々事情、身の処へ掛かる。何でやろ。そら日々思うやろ。何も思うやない。よう思やんしてみよ。この道という、道の上に一つ芯とも言う。台とも思わにゃならん。道をだんだん運ぶ。普請出ける。この際身の障り