明治三十年十二月三十日
松村吉太郎足の障りに付願

さあ/\尋ねる事情/\、身上に事情どうも心得んと言う。いかな事情、尋ねるには一つ心という理を以て尋ねる。心に持って尋ねる理なら、一つの理も諭そう。さしづはおろかには思われん。同じ一つの理を皆諭すのや。よう聞き分けねば鮮やか分からん。さしづの理が鮮やか分からねば、心の理も鮮やかならん。それ身上という、鮮やかとは言えようまい。いろ/\事情心にどうなるこうなる、思う理は無きもの。たった一つの理が道という、世界という。教一つの理には変わった理は無い。変わった事情は皆心という。心は幾重の理にも計れるもの。身上心得ん。銘々思う理が心得ん。重なる処芯なる処、善い事も悪い事も皆一つの所へ集まり来る。心という理から満足与えにゃならん。何でも彼でも、これだけという理は要らんもの。満足一つの理より道を作る。心の尽し心の運び、万事の処夜も寝られようまい。なれど一つよう聞き分け。夜々苦しまんならん道ではあろまい。一人の理やない。皆んな同じ一つの理を、一人に諭する理、銘々これより、だん/\どんな事情あるとも、成らん事情重なって来るとも分からん。心も騒がしであろう。騒がし中に身上に事情あれば、そこ退け、放って置かにゃなろまい。よう聞き分け。それ/\些かなるもたんのう、多分の理もたんのう、些かのなるものは、尚もたんのう。もうこれまで集まれば、中に皆んなそれ/\心を合わせて運ぶ処、よう諭して銘々も成るべくだけは、たんのうして掛からにゃならん。自分たんのうすれば、先はたんのう。銘々不足思えば、先の不足は何ぼとも知れん。身上不足から尋ねたら、こういうさしづあったと、心寄ったる皆々の理に諭してくれるがよい。
押して、たんのうの理に付伺
さあ/\分教会一条、有る無いは一つの理、些かなるもたんのう、多分もたんのう。銘々不足思えば、先の不足は何ぼとも知れん不足になるで。さあ/\分教会一条、有る無いは一つの理、些かなるもたんのう、多分もたんのう。銘々不足思えば、先の不足は何ぼとも知れん不足になるで。

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