明治二十三年四月二十日(陰暦三月二日)午前四時
刻限御話

さあ/\一寸一つ事情尋ね掛ける。初めてさあ/\うちのしんばしらを初めとして、親族一同の者一人々々どういうものや。一つの事情を尋ねに出よ。どういうものや分かろまい。今までというものは、あちらこちら取り混ぜての人間心あるから分かるまい。事情が違うてはどんならん。そこでしんばしらを初めとして、親類一同一人に一人付き添えて、明日の朝より尋ね出よ。さあ明日の朝、夜が明けたら早天に尋ね出よ。
同日、続いて親類一同伺(梶本、山沢伺)
さあ/\しんばしら/\、後一つは親族。刻限という、刻限というてはとんと分かり難ない。秘っそ/\にして真の親族、いんねん、しんを定めてこれもこうかい、あれもあゝかい、一つの理が治まりたら何彼の事も治まる。又々話、今日は親族の理というは深きの理、これで親族という。神一条の道は又一つ別派、それより血分け、心の理寄り来る理がある。誠の道に寄り来る。神一条の道から始まりた真実の心という。たんのうの心より治まる。こうすればこう成る。鏡やしき/\と言うてある。不自由さそうと思うてするのやない。一つ/\あたゑという。親族々々、これよう聞き分け。前の親族いんねんの理、一つ心治め。こゝ一つの心の置き所、一つ/\に力添え、それからそれへは日々に受け取る。三年四年後なる道は通り難くい道であったであろう。通りたる道は道理上、道は一つに寄せてある。教会は多分にある。遠くから始まりた道である。今一時のさしづはよう聞き分けねば分からん。真実の道はなか/\の道であろうまい。連れ帰る道、心の理を以て理を出さす。心の理が出るのはたんのうの心無いから、早く澄ましたら得や。早く澄ましたら不足は無い。どんな事も寄りて珍し事をして下さる。今の処はすっきりと仮家で、いつ/\の道を諭したる事情、しんの書き取りたる理と合わせ、人間心を持たず、曇り無きより鏡やしきと言う。不自由の者の身上を見て、何彼の事も治め。暫くのふしん、何彼の事も一日の事情を定めてくれるよう。さあ/\しんばしら/\、後一つは親族。刻限という、刻限というてはとんと分かり難ない。秘っそ/\にして真の親族、いんねん、しんを定めてこれもこうかい、あれもあゝかい、一つの理が治まりたら何彼の事も治まる。又々話、今日は親族の理というは深きの理、これで親族という。神一条の道は又一つ別派、それより血分け、心の理寄り来る理がある。誠の道に寄り来る。神一条の道から始まりた真実の心という。たんのうの心より治まる。こうすればこう成る。鏡やしき/\と言うてある。不自由さそうと思うてするのやない。一つ/\あたゑという。親族々々、これよう聞き分け。前の親族いんねんの理、一つ心治め。こゝ一つの心の置き所、一つ/\に力添え、それからそれへは日々に受け取る。三年四年後なる道は通り難くい道であったであろう。通りたる道は道理上、道は一つに寄せてある。教会は多分にある。遠くから始まりた道である。今一時のさしづはよう聞き分けねば分からん。真実の道はなか/\の道であろうまい。連れ帰る道、心の理を以て理を出さす。心の理が出るのはたんのうの心無いから、早く澄ましたら得や。早く澄ましたら不足は無い。どんな事も寄りて珍し事をして下さる。今の処はすっきりと仮家で、いつ/\の道を諭したる事情、しんの書き取りたる理と合わせ、人間心を持たず、曇り無きより鏡やしきと言う。不自由の者の身上を見て、何彼の事も治め。暫くのふしん、何彼の事も一日の事情を定めてくれるよう。
同日午前八時、中山会長の御伺
さあ/\呼び取りて話する。大抵は皆分かりてある。世界の処も大抵は分かりてある。いんねんというも分かりてある。神一条の道、親族事情の理、在姿の事情これ第一。三つの理をしんばしらはよう聞いて置かねばならんで。神一条の支配は、親族の事情と、いんねん事情と、しんばしらの事は親族へ。このやしきのしんばしらと成るというのは、生れ出ん先からのいんねんの事情、一つの理。分からん先から先にしんばしらと言うも、前々より諭してある。又この席というものは、何から出来て来たものや。この事情いんねんというは、神一条の道は連れ帰るというのはいんねん、皆一軒限りの在姿の理を見て、大抵々々分かりてもある。しんばしらというは、穏やかなる心がしんばしらという。親族には神一条の道は何にも言うやない。神一条の道があればこそ/\と言うて、しんばしらより家内へ皆話すれば皆得心する。さあ/\何にも案じる事は無いで。難儀するような事は言わんで。日々に出けて来る。神一条の道からどんな事でも皆出けて来るのやで。年限日柄という。さあ/\呼び取りて話する。大抵は皆分かりてある。世界の処も大抵は分かりてある。いんねんというも分かりてある。神一条の道、親族事情の理、在姿の事情これ第一。三つの理をしんばしらはよう聞いて置かねばならんで。神一条の支配は、親族の事情と、いんねん事情と、しんばしらの事は親族へ。このやしきのしんばしらと成るというのは、生れ出ん先からのいんねんの事情、一つの理。分からん先から先にしんばしらと言うも、前々より諭してある。又この席というものは、何から出来て来たものや。この事情いんねんというは、神一条の道は連れ帰るというのはいんねん、皆一軒限りの在姿の理を見て、大抵々々分かりてもある。しんばしらというは、穏やかなる心がしんばしらという。親族には神一条の道は何にも言うやない。神一条の道があればこそ/\と言うて、しんばしらより家内へ皆話すれば皆得心する。さあ/\何にも案じる事は無いで。難儀するような事は言わんで。日々に出けて来る。神一条の道からどんな事でも皆出けて来るのやで。年限日柄という。
押して願
さあ/\しんばしらの書取と、親族一同の書取と合わして、ほんにこれでこそという。さあ/\しんばしらの書取と、親族一同の書取と合わして、ほんにこれでこそという。

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