88.危ないところを

明治十四年晩秋のこと。土佐卯之助は、北海道奥尻島での海難を救けて頂いたお礼に、船が大阪の港に錨を下ろしたその日、おぢばへ帰って来た。そして、かんろだいの前に参拝して、親神様にお礼申し上げると共に、今後の決心をお誓いした。嬉しさの余り、お屋敷で先輩の人々に、その時の様子を詳しく話していると、その話に耳を傾けていたある先輩が、話をさえ切って、おい、それは何月何日の何時頃のことではないか。と言った。日を数えてみると、全く遭難の当日を言いあてられたのであった。その先輩の話によると、「その日、教祖は、お居間の北向きの障子を開けられ、おつとめの扇を開いてお立ちになり、北の方に向かって、しばらく、『オーイ、オーイ。』と、誰かをお招きになっていた。それで、不思議なこともあるものだ、と思っていたが、今の話を聞くと、成る程と合点が行った。」とのことである。これを聞いて、土佐は、深く感激し、たまらなくなって、教祖の御前に参上して、「ない命をお救け下さいまして、有難うございました。」と、畳に額をすり付けて、お礼申し上げた。その声は、打ちふるえ、目は涙にかすんで、教祖のお顔もよくは拝めないくらいであった。その時、教祖は、「危ないところを、連れて帰ったで。」と、やさしい声でねぎらいのお言葉を下された。この時、土佐は、長年の船乗り稼業と手を切って、いよいよたすけ一条に進ませて頂こうと、心を定めたのである。

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