152.倍の力
明治十七年頃は、警察の圧迫が極めて厳しく、おぢばへ帰っても、教祖にお目にかからせて頂ける者は稀であった。そこへ土佐卯之助は、二十五、六名の信者を連れて帰らせて頂いた。取次が、「阿波から詣りました。」と申し上げると、教祖は、「遠方はるばる帰って来てくれた。」と、おねぎらい下された。続いて、「土佐はん、こうして遠方はるばる帰って来ても、真実の神の力というものを、よく心に治めて置かんと、多くの人を連れて帰るのに頼りないから、今日は一つ、神の力を試してごらん。」と、仰せになり、側の人に手拭を持って来させられ、その一方の片隅を、御自分の親指と人差指との間に挾んで、「さあ、これを引いてごらん。」と、差し出された。土佐は、挨拶してから、力一杯引っ張ったが、どうしても離れない。すると、教祖は笑いながら、「さあ、もっと引いてごらん。遠慮は要らんで。」と、仰せになった。土佐は、顔を真っ赤にして、満身の力をこめて引いた。けれども、どんなに力を入れて引いても、その手拭は取れない。土佐は、生来腕力が強く、その上船乗り稼業で鍛えた力自慢であったが、どうしても、その手拭が取れない。遂に、「恐れ入りました。」と、頭を下げた。すると、教祖は、今度は右の手をお出しになって、「もう一度、試してごらん。さあ、今度は、この手首を握ってごらん。」と、仰せになるので、「では、御免下さい。」と言って、恐る恐る教祖のお手を握らせて頂いた。教祖は、「さあ、もっと強く、もっと強く。」と、仰せ下さるのであるが、力を入れれば入れる程、土佐の手が痛くなるばかりであった。そこで、土佐は、遂に兜を脱いで、「恐れ入りました。」と、お手を放して平伏した。すると、教祖は、「これが、神の、倍の力やで。」と、仰せになって、ニッコリなされた。