明治二十三年七月二十二日(陰暦六月六日)
桝井伊三郎普請一条押して願明治二十三年八月十一日 午後十時
中山会長上京に付随伴の伺明治二十三年八月二十一日(陰暦七月六日)
鴻田忠三郎病気に付願明治二十三年九月二日 夜十一時
刻限明治二十三年九月六日
清水与之助頭の芯が痛み足だるくの願明治二十三年九月二十六日
飯降さと身上願明治二十三年十月六日
桝井伊三郎及小人つゆ身上願明治二十三年十一月一日
中山会長、前川菊太郎、梶本松治郎、高井猶吉、高安分教会所開講式に付本日より出張御許し願明治二十三年十一月二十一日
永尾たつゑ身上不足にて赤き小便出るに付願明治二十三年十一月二十九日
村田すまおさづけ事情さしづ明治二十三年十二月十五日
増野正兵衞、会長の御結婚に御祝の御酒十分戴き、酒を他の人に酌する盃を踏割り左の足のきびす縦一寸横一寸五分、深さ五分程の傷を致し、自由叶わず五日を経てよう/\足立ち、これは如何なる間違いにて御座りますや願明治二十三年十二月三十一日
梅谷たか身上願明治二十三年三月十五日(陰暦正月二十五日)
正木くま身上願明治二十三年四月二十日
玉垣多伝治妻つね身上願明治二十三年六月七日 午前十時頃
深谷源兵衞七十六才願(源次郎父)明治二十三年九月二十一日
増田甚七、民蔵、他人願明治二十三年
速水重左衞門五十才眼の痛みに付身上伺(斯道会二百十一号講元)