明治三十七年

明治三十七年九月十日
深谷源次郎六十二才身上願

明治三十七年九月十日深谷源次郎六十二才身上願さあ/\/\尋ねる事情/\、さあ身上という、いかなる事であろう思う処、さあさあだん/\事情いかなる事情、さあ/\いかなる事情、皆それ/\の中と言うであろう。さあ身上に掛かる処、どういう事であろうと思う処、さあこれまでなかなかの道、あちらにどうこちらにこう、皆自由自在に成り来たる中、

明治三十七年五月九日
山中栄蔵四十七才木下おきく三十七才結婚願

明治三十七年五月九日山中栄蔵四十七才木下おきく三十七才結婚願さあ/\尋ねる事情/\、縁談事情一つ一条一つ理尋ねる。いかなる事情と思う、一つ尋ねる。尋ねるから一寸さしづに及ぶ。前々余儀無く事情これ一つ事情いんねん。さあ事情又一時改め、こうと一つ理尋ねる。よう聞き分け。人情と言うて運ぶであろう。速やかと言えば楽しみの理なれども、

明治三十七年四月三日
御供の事に付おさづけの上より一統協議致し、種々教長へ申し上げ、教長のお話し下されし上より、洗米に改めさして頂き度き事に付、一統決議の上御願

明治三十七年四月三日御供の事に付おさづけの上より一統協議致し、種々教長へ申し上げ、教長のお話し下されし上より、洗米に改めさして頂き度き事に付、一統決議の上御願さあ/\/\尋ねる事情/\、尋ねる事情は皆々の心の中も余儀無き事情であろう。一時の処と言えば、暫くと言うであろう。まあ長らえての事情、道という、あちら変わりこちら変わり

明治三十七年九月十五日(陰暦八月六日)
増野道興昨年東京方へ学問修行に出ました処御詫び申し上げ、本年も再度修行に上京致し度く、もっとも在京中に脚気病悩み帰宅後全癒、十五日前に左の肩怪我致し居り、再度上京の儀御許し願

明治三十七年九月十五日(陰暦八月六日)増野道興昨年東京方へ学問修行に出ました処御詫び申し上げ、本年も再度修行に上京致し度く、もっとも在京中に脚気病悩み帰宅後全癒、十五日前に左の肩怪我致し居り、再度上京の儀御許し願さあ/\/\尋ねる事情/\、さあ/\いかなる事情も尋ねにゃ分からん。さあさあ人々という小児という、小児にも数無き小

明治三十七年五月二十五日
村田幸助養子に付伺(村田幸助の養子を貰い受けしに、やむを得ざる事情から、その者は親里へ返し、今度改めて南本武平の六男留吉二十二才を貰い受け度き儀願)

明治三十七年五月二十五日村田幸助養子に付伺(村田幸助の養子を貰い受けしに、やむを得ざる事情から、その者は親里へ返し、今度改めて南本武平の六男留吉二十二才を貰い受け度き儀願)さあ/\尋ねる事情/\、尋ねる事情縁談一つ事情、前々事情は余儀無くという、余儀無く一つ理。これよう縁談事情聞き分けにゃ分からんで。どうというこうという一つ

明治三十七年四月十日
湖東分教会長佐治登喜治良次男正則四才身上願

明治三十七年四月十日湖東分教会長佐治登喜治良次男正則四才身上願さあ/\尋ねる事情/\、さあ小人身上事情いかなる事であろ。身上事情一つ心尋ねる。さあ/\皆々それ/\と言う、寄ってどういう事であろ/\と皆一つ合わせ。なれど、鮮やかならん/\、だん/\思うから尋ねる。一つさしづと言う。この小人事情いかな事であろう。いかな世上いかな

明治三十七年九月二十六日
仲田楢吉四十一才身上願

明治三十七年九月二十六日仲田楢吉四十一才身上願さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上という一つ事情、さあ/\いかな事情どういう事情、尋ねる処/\、さあ尋ねるから、一つ事情も諭し置こう。さあ心という理治まり無くば、何度諭すも同じ事、兄弟々々兄親兄弟、それ/\兄弟事情皆々一つ事情、いかなる心もさんげ改めくれ。さあ第一よく聞き分けにゃ分

明治三十七年六月十一日
安村甚松五十才身上願(郡山部内中背支教会長)

明治三十七年六月十一日安村甚松五十才身上願(郡山部内中背支教会長)さあ/\/\尋ねる事情/\、さあ/\身上という、一つ理という。尋ねる事情、長らえて/\身上一つ事情、どうでもいかんこうでもいかん、どういう事であろう。長らえての日を、余儀無くの理通り居るであろう。さあ一つさしづを貰うたらなあと思う心は、日々の理であった。尋ねる