明治二十一年八月二十一日(陰暦七月十四日)午前八時
上田善兵衞三十六才願(大阪市東区南本町三丁目大阪天地組)明治二十一年九月十八日(陰暦八月十三日)
塩崎新助四十四才伺(兵庫和田崎町三百十八番地)明治二十一年九月頃(陰暦八月)(陽暦九月六日乃至十月四日)
東文吉妹いし十二才身上願明治二十一年十月二十一日 午前八時
北野忠四郎三十八才(佐味田村)明治二十一年十一月一日
山本和三郎三十六才(山城国大瀧郡長谷村周旋方)明治二十一年
岩田ヒサ咳の処救かり手頸の願明治二十一年
杉本伊之吉三十八才伺(池尻村)明治二十一年
村田五良平三十九才伺(大和国式上郡河合村心勇講)明治二十一年一月八日(陰暦十一月二十五日)
松村吉太郎おぢばへ参詣おさしづ明治二十一年二月六日 朝
小松駒吉講社大いにいずむに付願明治二十一年三月十一日
諸井国三郎口中下の障りに付伺明治二十一年四月十七日 夜九時
刻限明治二十一年五月二十日(陰暦四月十日)
清水与之助右腰痛に付東京より願明治二十一年六月十三日 午前十一時
平野トラに付願明治二十一年七月三日(陰暦五月二十四日)
本席の御障りに付おさしづ明治二十一年七月二十三日
東京より届書の添書帰りて願明治二十一年八月六日(陰暦六月二十九日)
桝井伊三郎身上伺明治二十一年八月二十四日
村田長平身上に事情ありて願明治二十一年九月十六日
清水与之助身上願明治二十一年九月三十日(陰暦八月二十五日)
かんろだいの地に新築せし神床へ神を斎き祭る日を伺う明治二十一年十月十二日(陰暦九月八日)
桝井伊三郎、清水与之助、東京へ出立に付伺明治二十一年十一月十一日
教会本部開筵式に付伺(陰暦十月二十六日開筵式執行)明治二十一年十二月十一日
郡山天龍講分教会伺明治二十一年十二月二十五日
中西金次郎妻ゆき三十七才おさづけさしづ明治二十一年一月八日 午前八時三十分
山本源七三十九才伺(元斯道会周旋方)明治二十一年二月二日 午前八時十分
植谷浅次郎(京都愛宕郡大原村元斯道会第二十一号周旋方)明治二十一年三月二日
深谷源次郎伜徳次郎(京都元斯道会講元伜)明治二十一年六月一日
深谷ハナ四十五才伺明治二十一年七月三日
真鍋宇吉口中痛み左の歯に、家内目かいに歯の痛み障り伺(兵庫門口町)明治二十一年七月二十日
中川文吉妻しな事情伺明治二十一年八月二十五日(陰暦七月十八日)
内田太平四十才(吉野郡志賀村世話掛)明治二十一年九月十九日
岡田与之助身の障りに付伺明治二十一年十月四日(陰暦八月二十九日)
真鍋宇吉身上願(兵庫門口町)明治二十一年十月二十二日
伊原武平二十八才(阿波国三好郡加茂村)明治二十一年十一月一日
麻植房次郎三十六才(阿波国板野郡榎瀬村真心組講元)明治二十一年
植田長三郎妻いし五十才陰暦四月三日より悩みに付伺(十市郡下村)明治二十一年
杉本由松三十五才伺(十市郡下村取締)明治二十一年
村田五良平三十九才伺(大和国式上郡川合村講元)明治二十一年一月八日
平野トラに付願明治二十一年二月十日(陰暦十二月二十九日)
穴門上徳永前栽に建家の事増野正兵衞伺明治二十一年三月十一日(陰暦正月二十九日)
増野正兵衞転宅後後々内々心得伺明治二十一年四月十七日
平野トラに付願明治二十一年五月二十一日 午後四時
平野楢蔵願明治二十一年六月十五日
清水与之助下腹痛み、二度づゝ大便に行き、絞り腹のように付願明治二十一年七月三日
大阪小松駒吉長女あい身上障りに付伺明治二十一年七月二十四日(陰暦六月十六日)
本部神殿祀る所の伺(上段の間より本席の台所を境とし、渡り家取払い建家新築の願)明治二十一年八月六日
清水与之助身上に付伺いしさしづにより、播州講社を巡廻す明治二十一年八月二十五日
平野トラに付願明治二十一年九月十六日 午後四時四十分
松村吉太郎東京より帰会致し且つ実家へ帰宅に付、家内の運びの儀伺明治二十一年九月三十日(陰暦八月二十五日)
増野いと自腹おぢばへ出て伺