おさしづ

明治二十年十月
深谷源次郎伺

明治二十年十月深谷源次郎伺さあ/\/\/\日々の事/\/\今一時どうせねばならん/\とは言わん。今の処というは、今日はこう/\と思う処ある。一人なりと一所なりと/\。内々成る処も思やんの処もある。日々の処も思う処がある。日々一人なりともという処続くよう。どうこもならんようになるで。今処内々の処も案じあるようなものやで。随分名

明治二十年十月
山田太右衞門三十四才身上願(甲賀郡宇田村)

明治二十年十月山田太右衞門三十四才身上願(甲賀郡宇田村)さあ/\身上尋ねる。しいかり聞き分け。これまでどんな話も聞いて居ても、理を聞き分けねば、何にもならん。一つの台を拵え。人々に諭すには、内に台というもの拵え。睦まじいとの、内々に睦まじいという台を拵えて、それより世界伝え。何処から見ても成程と言う。世界から成程と言うは天の

明治二十年十月
沢田宮次郎身上願

明治二十年十月沢田宮次郎身上願さあ/\、身の処/\尋ねる処/\、身の不足々々なりて尋ねる。すっきり聞き分けば、分からんでなし。世上見て理を聞き分けと言うて分かるまい。世上見て身の内かりものと、世上皆映してある。人間は皆神の子供と、をやは皆救けたいと、人間身は皆かしものと、心を我がものと、心通り、皆世上へ映してある処見て、めん

明治二十年十月
沢田宮次郎三十三才左の腕(かいな)痛み身上願

明治二十年十月沢田宮次郎三十三才左の腕(かいな)痛み身上願さあ/\、よう聞き分け。尋ねる理、運ぶ順序の理、何程頼めども、何程尽し願えども、身適わんと言うても、何程身を堪えられんと言うても、拝み祈祷するやなし、柔らこい話で理を聞き分けば速やかなるもの。めん/\に取りて一つの理早く聞き分け。内の理と外の理と聞き分け。内の身と世界

明治二十年十一月二日 午前九時
深谷源次郎伺(細道の時おふでさき写さして貰おうと思いて人を頼みて御伺いせしも、さしづにより深谷本人が参りて伺)

明治二十年十一月二日 午前九時深谷源次郎伺(細道の時おふでさき写さして貰おうと思いて人を頼みて御伺いせしも、さしづにより深谷本人が参りて伺)さあ/\第一の処言伝け業ではいかん。実を聞けば実を聞かして置こ。長々の道を通れと。多くの道を通れば実を知らそ。先ず/\の処、まあ暫く。その上の処、ふでさきに知らしてある。さあ一本の木/\

明治二十年十一月二日
深谷ハナ伺

明治二十年十一月二日深谷ハナ伺さあ/\暫く/\。大抵の処運び切り/\、今までの処、分からなんだ。分からんなりに運び来た。天然自然誠という事、天然自然の道失わさん。心一つ映して、成程の処へ諭して分かる。大層々々の処、こうして運べ。さら/\癒さにゃならんならん。あちらからもと言うて、組み立てる。固めねば治まり付く。案じる処無い。

明治二十年十一月五日(陰暦九月二十日)
麻川与市この三十日程前より足しびれ運びつかぬ身の障り伺

明治二十年十一月五日(陰暦九月二十日)麻川与市この三十日程前より足しびれ運びつかぬ身の障り伺さあ/\よう聞き分けて、いつ/\までも、何かの処順序一時一つ聞き分け。諭する処、これは天然自然の道、一寸見え掛けてある。どうか一つたんのう、前一つ心でいうは第一の処、世界中善も悪も無い。どうもならん。どんと一つ処長々道、家内銘々それ/

明治二十年十一月八日(陰暦九月二十三日)午前十時
松田源蔵七日間腹痛に付願

明治二十年十一月八日(陰暦九月二十三日)午前十時松田源蔵七日間腹痛に付願さあ/\身の内の処よう聞き分けねばならん。さあ/\神の方には不足の身体は貸してない。不足というは、めん/\の心より。成程結構という事は分かるである。一寸道歩く。あゝ綺麗な花やなあと言うて通ったまで。さあ誠一つ願う時の心定めねばならん。内々めん/\身に知ら

明治二十年十一月十三日(陰暦九月二十八日)
萩原治兵衞身上願

明治二十年十一月十三日(陰暦九月二十八日)萩原治兵衞身上願さあ/\/\身の処に/\、さあ/\分からずして胸の内しいかりして、所々に一つ、今の処大き事は大きと思わず、心々。他の錦は要らん。心の錦、真実の錦を心に置き、傍の錦は何にも欲しいはない。心の錦を欲し。真実の道を弘めば、他の錦はすぅきり要らん。心にほうと思てはいかん。日々

明治二十年十一月十四日(陰暦九月二十九日)
萩原治兵衞身上願(前日に続いて)

明治二十年十一月十四日(陰暦九月二十九日)萩原治兵衞身上願(前日に続いて)幾重尋ねも同し事、身の内発散出けん/\いうは、何処にも無い。それ身の内一つ、身の内にもあれば世界にもあれば、身の一つの速やか/\、一つの思やん、誠一つがじゆうんや。天然自然の道を以ちて、これよう聞き分け。