明治二十二年九月八日小西亀治郎二十九才身上願(芦津) 明治二十二年九月八日小西亀治郎二十九才身上願(芦津)さあ/\、身上尋ねる処/\、長らえて/\理を聞けども、身上に事情ある/\。何程聞くといえども、何ぼ聞いて、心に理が分からんにゃ、どうもならん。何程聞いても、理が分からんにゃどうも仕様が無い。内々も治まらん。何ぼ聞いても、どうもならん。一寸には分からん。なれども、分からんやな 2018.08.15
明治二十二年九月十日梅本善七長男永治五才十日前より出けものに付伺(大和国吉野郡平沼田村) 明治二十二年九月十日梅本善七長男永治五才十日前より出けものに付伺(大和国吉野郡平沼田村)さあ/\小人身上から身上尋ねる。尋ねるから、深き一つの理を聞き分け。皆聞き分けでは分かろまい。これまで諭する理、運ぶ事情鮮やかという、一日の日忘られん。諭するから、成る成らんではあろうまい。事情理を聞いて、元々聞いて、元々諭する。心一つの 2018.08.15
明治二十二年九月十六日 九時宇野善助五十四才伺(十四五日前より腹中より、芯へこたえ障り、夜になると冷えるようになります、この段伺) 明治二十二年九月十六日 九時宇野善助五十四才伺(十四五日前より腹中より、芯へこたえ障り、夜になると冷えるようになります、この段伺)さあ/\身上一条尋ねる/\。身上理を尋ねるから一つの理もさしづしよ。どういうさしづ。難し事は一つも言わん。成程の理を諭そ。身上一つの理速やかなれば一つ、どれだけ理も一つの理。長らえて中一つの理、そ 2018.08.15
明治二十二年九月十九日(陰暦八月二十五日)堀内与蔵子供菊松伺(檪枝) 明治二十二年九月十九日(陰暦八月二十五日)堀内与蔵子供菊松伺(檪枝)さあ/\尋ねるであろ/\。先々何でもないであろまい。余儀無き事情あろまい。心一つめん/\一ついつ/\まで尋ね一条の理を諭そ。これより先心にまで事情諭すがよい。余儀無く事情無くして、一つの心長らえて一つの理を諭し置く。十分話してくれるよう。いつ/\の理が第一。 2018.08.15
明治二十二年九月二十一日 午前八時三十分植谷浅次郎身上願 明治二十二年九月二十一日 午前八時三十分植谷浅次郎身上願さあ/\事情以ちて事情尋ねる。身の処さあ/\めん/\身上事情人にもあればどうなろう案じ一つの理を回る。取り直せ/\。治め一つの理が大事。人間というは残らず神の子供。救からんやならん処の理より、救からん処の理を聞き分け。心一つの理である/\。案じる事は要らん。案じは案じの 2018.08.15
明治二十二年十月九日 午前十一時沢田勝治郎二十七才(元斯道会第三十八号周旋方) 明治二十二年十月九日 午前十一時沢田勝治郎二十七才(元斯道会第三十八号周旋方)さあ/\だん/\の席、返やし/\の席をし、一日の日生涯一つの心を以て一日の日生涯の理を諭するには、難しい事は言わん。どうせいこうせいこれは言わん。言わぬ故、この理を聞き分けるなら、どんな事も鮮やかと言う。人間という、身の内という、身は神のかりもの・ 2018.08.15
明治二十二年十月十五日 午前九時中川茂吉三十才(元斯道会第八十号周旋方) 明治二十二年十月十五日 午前九時中川茂吉三十才(元斯道会第八十号周旋方)さあ/\だん/\の席返し/\の席をして、一日の日生涯、心一つの理を以て一つ席、席順序一つの理、よう聞き分け。生涯の理を諭そ。生涯の理を諭するには、よう聞き分け。難し事は言わん。どうせこうせこれ言わん。言わん言えんの理を聞き分けるなら、何かの理も鮮やかと言 2018.08.15
明治二十二年十一月二日古沢弥兵治三十五才(近江国甲賀郡上村斯道会周旋方) 明治二十二年十一月二日古沢弥兵治三十五才(近江国甲賀郡上村斯道会周旋方)さあ/\だん/\返やし/\の席をしい、さあ一日の日生涯、心一つの理を以ちて一つ席、席に順序生涯の理を諭しよ。生涯の理には、よく聞き分け。難し事は言わん。どうせこうせこれは言わん言えんの理を聞き分けるなら、何かの理も鮮やかと言う。人間という身の内という、皆 2018.08.15
明治二十二年十一月二日増田亀次郎身上願 明治二十二年十一月二日増田亀次郎身上願さあ/\身の処/\皆一々尋ねる。前々以ちて皆知らしてある処、身はどうでも分からんという処尋ねる。尋ねるから聞かそ。日々の処不自由一つも無い。思い掛けない、とんとどうもならんと、外に案じは無い。身の処に一寸案じ一寸不足どういうもの、身の処十分の案じてあると、たんの一つの理急く。一つの理もあ 2018.08.15
明治二十二年十一月七日寺田半兵衞商業の事に付願 明治二十二年十一月七日寺田半兵衞商業の事に付願さあ/\/\一時尋ねる処、さあ一時尋ねる処、一時の処はどうであろうと思うやろう。よう聞き分けにゃならんで。一時の処どうであろう、これではな/\と思う。日々の処、これではな/\と思うは一つの理なれども、どうなりこうなりの道を通れば、これで十分と思てくれるよう。これではどうこう思う処 2018.08.15