サードマン現象(後編)
サードマン現象(後編) 助産師 目黒 和加子 リスナーの皆さん、NHK総合テレビで人気だった『爆笑問題のニッポンの教養』という番組を覚えていますか? これは、お笑いコンビ・爆笑問題の二人が大学教授や研究者をはじめ、その道のプロフェッショナルの現場を訪問する番組でした。 あの日の主役は、著名な心臓外科医A先生。タイトルは『天才心臓外科医の告白』。 A先生は、最新の医療機器を見せながら手術方法を爆笑問題の二人に説明しつつ、「実はね。手術中、僕の中に神様が降りてくる時があるんですよ」と言ったのです。そして、その意味を説明し始めました。 「手術前の検査データから手術の難しさを予想して臨むんですが、切開して心臓を見ると想定外に状態の悪い時があります。『これはマズイ、自分には無理かもしれない』と頭の中は真っ白になり、もう祈るしかないという心境になるんです。 そういう時に神様が降りてくる。神様が降りてくると頭の中は冴え渡り、普段の手術の時よりも手先がシャープに動く、というか動かされている。もはや自分の手という感覚ではない。 さほど重症でなく手術した患者さんよりも、想定外に状態が悪く神様が手術した患者さんの方が術後の回復が早く、退院後も良好に過ごしておられます」。そう笑顔で語っていました。 「私と同じような経験してる医療職者がいてはる。しかもあのA先生やん」と嬉しい反面、「不思議を感じているのは私だけで、周りの人と共有したことはないよなぁ」と、何かすっきりしません。 そんなある日、サードマンの存在を決定づけるお産に当たるのです。 その日は夜勤。出勤すると、初産婦の田辺さんが分娩室に入るところでした。日勤からの申し送りでは、胎児の推定体重は3500グラムとかなり大きく、産道を下りれずに途中で停滞しているとのこと。それから一時間息み続けましたが、胎児は産道の途中で止まったまま。田辺さんは力尽きて言葉も出ません。 すると胎児心拍が一気に低下。この医院には、吸引分娩や鉗子分娩の器械も装置もありません。手術室もないので帝王切開もできません。産婦のお腹を押すしかないのです。 体重100キロを超える巨体の院長が、全力で田辺さんのお腹をグイグイ押しますが、全く動きません。院長の汗が田辺さんのお腹に滴り落ちています。「トン……、トン……、」胎児心拍は今にも止まりそう。15分後、とうとう心拍が停止してしまいました。 「もうこれ以上、力が出ません。ご主人さん代わりに押して!」パニックになる院長。 「何を言うんだ、それでも医者か!」怒り出すご主人。分娩台の上の産婦を挟んで言い合いになっています。 分娩室が修羅場と化す中、オロオロする私に院長が「そうや、目黒さん押してみて」と言ったのです。 「相撲取りのような院長が15分押しても動かへんのに、私が押して出るわけないやん」と思いつつ、出来ませんとは言えない雰囲気。産婦の息みに合わせて全力でお腹を押しましたが、胎児は微動だにしません。 「心拍停止して5分、もうダメや」と諦めかけた時、田辺さんが「助産師さん…赤ちゃんをたすけてください」と、か細い声を発したのです。 「こうなったら神さんしかない!」自分の寿命を差し出す覚悟を決めました。 「次の陣痛で底力出して息むんよ。私も命がけで押すからね!」 精魂尽き果てる寸前の田辺さんと自分に喝を入れ、全力でお腹を押しました。すると、拍子抜けするぐらいスルスルッと出てきたのです。しかし、出てはきたものの赤ちゃんの全身は群青色で心拍は停止したまま。ぐったりして産声をあげません。 「ここで諦めてなるものか!まだ間に合う!」がっくり肩を落とす院長に喝を入れました。 再び身を捨てる覚悟を決め、あらゆる蘇生処置を施すと心拍が戻ってきたのです。「ふんぎゃ~」と呻くような産声をあげ、自発呼吸が始まりました。 弱々しい産声はだんだん力強くなり、身体の色も群青色から紫色、紫色からピンク色へと変化していきました。手足を動かし始め、筋肉の緊張もしっかりしてきたのです。 3750グラムの男の子。この赤ちゃんの、へその緒と胎盤の中に流れる血液、臍帯血のpH値は6.89。見たことのない数字です。pH値が7.0を下回ると限りなく死に近づきます。pH値が書かれた紙を持ったまま、全身の毛が逆立つのを感じました。 廊下から蘇生の様子をガラス越しに見ていたご主人に、「状態は安定しました。もう大丈夫です」と伝えると、「ありがとうございます! 目黒さんにたすけて頂いたことは一生忘れません」私の腰にしがみつき、泣き崩れています。 「私がたすけたように見えるけど、それは違う。お産の神さんがたすけてくれはったんよ。神さんがたすけたんやから、社会の役に立つ子に育ててくれはる?」 「約束します、約束します! この子の名前は浩(ひろ)です。ありがとうございます…」 ご主人の泣き声が、夜の廊下に響いていました。 それから二年が経ち、二人目を妊娠中の田辺さんが、里帰り分娩で実家に帰る前に私に会いに来られました。 「お産のことは怖い思い出になってしまって、夫婦の間で話すことはなかったんですが、浩の一歳の誕生日の日に主人が、『浩は社会の役に立つ人に育てる』と言い出したんです。訳を聞くと、『お産の後、目黒さんが、私がたすけたのと違う、お産の神さんがたすけてくれはったんよ。神さんがたすけたんやから、社会の役に立つ子に育ててねって言わはった。だから約束したんや』って。それを聞いて私、やっぱりって納得したんです。 目黒さんが一回目に私のお腹を押した手は、冷たい手でした。喝を入れられて二回目、目黒さんの冷たい手の他に温かい二本の手、合計四本の手が私のお腹を押してたんです。温度差があったのではっきり分かりました。 本当にお産の神様がたすけてくれたんですね。浩はお約束通り、社会の役に立つよう育てていきます」 ニコニコしながら、そう言ってくれたのです。 「手が四本って…。あの時、教祖も一緒にお腹を押してはったんや…」 サードマンの存在を産婦さんと共有し、あの時も、この時も、教祖が側にいて加勢して下さっていたことを確信したのでした。 水にたとえて 教祖は、私たち人間が得心しやすいように、生活に根差したあらゆる例えを用いて教えを説かれています。例えば、人の心は「水」に例えられています。 これからハ水にたとゑてはなしする すむとにごりでさとりとるなり (三 7) 透き通るように澄んだ水もあれば、濁っている水もある。それに例えて話しをするから、しっかり悟りとるようにと仰せられます。 『天理教教典』には、 「人の心を水にたとえ、親神の思召をくみとれないのは、濁水のように心が濁っているからで、心を治めて、我が身思案をなくすれば、心は、清水の如く澄んで、いかなる理もみな映ると教えられた」 と記されています。 また、親神様の思いに添わない、自己中心的な心遣いを「ほこり」に例えて戒められ、 せかいぢうむねのうちよりこのそふぢ 神がほふけやしかとみでいよ (三 52) と、そうした「ほこり」の心遣いを払うためには、親神様の教えを箒として、絶えず心の掃除をすることが大切であると諭されています。 水や箒など、誰もが生活に必要なものに例えてお教えくださるのは、水槽に少しずつ水を蓄える如く、徐々に私たちに深い思わくを理解させていこうとの親心からなのです。 それと同様に、直筆による「おふでさき」では、親神様の呼び方、「神名」についても、最初は「神」といい、次に「月日」と呼び、更には「をや」という呼び方を用いて、徐々に身近な存在として理解できるようにご配慮下さっています。 にんけんもこ共かわいであろをがな それをふもふてしやんしてくれ (一四 34) にち/\にをやのしやんとゆうものわ たすけるもよふばかりをもてる (一四 35) 人間も子供が可愛くて仕方がないであろう、神もそれと同じであると、私たちが我が子を慈しむ親心によせて、お教え下されています。 親神様はすべてにわたりご守護下さる絶対的な神であると同時に、ただ仰ぎ見るばかりの遠い存在では決してないということ、日頃のささいな喜びや悲しみまでも、すべてを打ち明け、すがることの出来る親身の親であり、どこまでも身近な存在であることを教えられています。 たとえそのお姿は見えなくとも、日常の暮らしにおけるどんな場面においても、親神様は私たちのすぐそばにおられるのです。 (終)










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