おさしづ

明治三十二年九月三日
富田伝次郎内々事情申し上げ願

明治三十二年九月三日富田伝次郎内々事情申し上げ願さあ/\だん/\事情以て尋ねる事情いかな事情であろ。一つには思う、堪えられん事情であろ。年々歳々事情思う。心の堪いられん事情であろ。よう諭すによって夫婦治めてくれにゃなろまい。成ると成らんとこれまで諭してある。又多く中へ諭す。成ろと言うて成るものやない。又成ろまいと言うても成り

明治二十一年五月十一日 夜
梅谷四郎兵衞二女とみゑ身上願

明治二十一年五月十一日 夜梅谷四郎兵衞二女とみゑ身上願さあ/\いかなる処尋ねる、心得ん、小人々々どういう事であろう。だん/\日々の処勤める。何も彼も近づく/\、日々に急き込む/\。さあ/\一つふしから先ず/\の処では不思議や、いかなる道や、えゝ道ばかりやないで。不思議なふしから、さあ/\神一条の道も、又々何かの道もある。先々

明治三十二年十月五日
刻限話(本席御運びの後、続いて永尾事情掛かりあり)

明治三十二年十月五日刻限話(本席御運びの後、続いて永尾事情掛かりあり)さあ/\ウヽヽヽヽヽだん/\、筆にしっかりと取れ。だん/\これまで/\。ウウヽヽヽヽヽ、よう/\、さあ/\よう/\、さあどういう事話し掛けるやら一寸知れんで。さあだん/\これまで/\筆に知らしてある。あれこれ何ぼ出してあれども、一々いつ/\の日、どう誰の事

明治二十一年六月六日
清水与之助東京出立帰宅の上伺

明治二十一年六月六日清水与之助東京出立帰宅の上伺さあ/\世界理は十分の理である。神一条事情は五十年以前より、学者がしたのでもない、文字から出来たのでもない、知恵より出けたのでない。さあ/\聞いても居るやろ、見ても居るやろ。何も無い処より始め出来た道。何でも彼でも通らにゃなろうまい。通すで。知らんは一度より無いで。程無う間は無

明治三十二年十月二十九日
山沢為造東分教会へ出張する事願

明治三十二年十月二十九日山沢為造東分教会へ出張する事願さあ/\尋ねる事情/\、さあ/\どちらという事情という。まあ万事心は治め方という。又出越す処にも一つ/\、あい/\理あって一日というは一日、十日という。十日長く、運び出け難ない。人々日々その一つとんとならん事情、又追々事情一つ/\治まりて又一人という、又一人という。この順

明治二十一年七月二日(陰暦五月二十三日)午前六時
本席腹下るに付伺

明治二十一年七月二日(陰暦五月二十三日)午前六時本席腹下るに付伺さあ/\/\俄かに/\、一寸知らし置こう。身の処に一寸心得んから俄かに知らし置こう。あちらにもこちらにもざっと、一寸分かりた。第一世界の道、障りからどういう理も分かる処を、うっかりとしてはならん。第一世界の処では足が痛い、手が悩む、痛いと言うた処が案じも無い。第

明治三十二年十一月二十六日
諸井ろく女学校へ寄宿する願

明治三十二年十一月二十六日諸井ろく女学校へ寄宿する願さあ/\尋ねる事情/\、尋ねる事情はまあ何を言うも、又若き者/\である。まあ一時にはよかろ。勝手もよいと思う。一寸見合わすがよい/\。深き事は望むに到らんで/\。

明治二十一年七月十七日(陰暦六月九日)
奈良講社の者、正月頃より二十名ばかり別派になり、学者を頼みて此者に講元並に教職をも許しくれるや、さもなくば天理教会を潰し、又は平野楢蔵と論をするなどと言うに付伺。又平野も立腹致し居るに付、論をしに行きても宜しきや、如何して宜しきやも伺う

明治二十一年七月十七日(陰暦六月九日)奈良講社の者、正月頃より二十名ばかり別派になり、学者を頼みて此者に講元並に教職をも許しくれるや、さもなくば天理教会を潰し、又は平野楢蔵と論をするなどと言うに付伺。又平野も立腹致し居るに付、論をしに行きても宜しきや、如何して宜しきやも伺うさあ/\どんな者も皆寄り来る。めん/\我がものと思う

明治三十二年十二月十二日
一昨日平野トラに頂きしおさしづより、運び方の事いろ/\申し上げ身上願

明治三十二年十二月十二日一昨日平野トラに頂きしおさしづより、運び方の事いろ/\申し上げ身上願さあ/\だん/\事情尋ねる。だん/\事情尋ねる。前々よりも二度三度事情又尋ねる。事情それ/\の中の中、心楽しみの理を治め。又めん/\も治め。これでよいという理治まって、未だ身上判然治まらん。尋ねる事情よう聞き分けにゃならんで。それ/\

明治二十一年八月五日
上原佐助より同人宅に於て、分教会設置致度御許しの願

明治二十一年八月五日上原佐助より同人宅に於て、分教会設置致度御許しの願さあ/\尋ねる処/\、所々と言うてこれまでの処、最初は一つの理である。又、だん/\の理ある。だん/\の道に委せ置こう。最初より思て通った道であろう。だん/\の道の処/\、何処や/\談示々々、だん/\の談示に委せ置こう。互い互いの理であろう。互い/\の談示に