明治二十二年

明治二十二年四月五日 午前
増田とみ二十二才身上願

明治二十二年四月五日 午前増田とみ二十二才身上願さあ/\身の障り/\尋ねる。身の障りは尋ねるまでや。何にも思う事は無い。それに身に障る。どういうものやと思う。一家も世界中も同し事や。何か間違う/\。めん/\に、十五才よりめん/\に治めにゃならん。めん/\心に、成るも一つの理と心に治め、成らんも一つの理と心に治め。何にも外に無

明治二十二年六月二十九日(陰暦六月二日)
冨森竹松兄幸七身の障り伺

明治二十二年六月二十九日(陰暦六月二日)冨森竹松兄幸七身の障り伺さあ/\事情尋ねる/\。尋ねる処前々事情聞き分け。何程に思えども、めん/\事情、一時内々どうでもあろうと思う事情であろ。日々所々に楽しみある。一つの心どういう理、日々楽しみあれども、事情内々一つの心どういうものであろ。よう聞き分け。速やかという事情、どうでもなら

明治二十二年八月三日
上原佐吉七十四才(備中真明組講元)

明治二十二年八月三日上原佐吉七十四才(備中真明組講元)さあ/\渡そ/\。事情の話伝えてくれるよう。さづけ/\、どういうさづけ、珍しいさづけ、かんろうだいのさづけ/\、受け取れ/\。

明治二十二年八月二十一日(陰暦七月二十五日)
井久保栄治郎五十三才(此瀬)

明治二十二年八月二十一日(陰暦七月二十五日)井久保栄治郎五十三才(此瀬)さあ/\だん/\の席返し/\の席をして一日の日生涯、心の理を以て一つの席、席順序一つの理は、生涯の理を諭そ。生涯の理を諭するには難し事は言わん。どうせこうせ言わん。言わん言えんの理を聞き分けるなら、何かの理も鮮やかと言う。人間という身の内という、皆神のか

明治二十二年十一月七日
寺田半兵衞商業の事に付願

明治二十二年十一月七日寺田半兵衞商業の事に付願さあ/\/\一時尋ねる処、さあ一時尋ねる処、一時の処はどうであろうと思うやろう。よう聞き分けにゃならんで。一時の処どうであろう、これではな/\と思う。日々の処、これではな/\と思うは一つの理なれども、どうなりこうなりの道を通れば、これで十分と思てくれるよう。これではどうこう思う処

明治二十二年
植田長三郎四十五才三十日前より右目痛むに付伺(十市郡下村講元)

明治二十二年植田長三郎四十五才三十日前より右目痛むに付伺(十市郡下村講元)さあ/\身上一条々々々々の理を尋ねる。尋ねば一つのさしづ、余儀無くの理は要らん。身の不足なる。最初一つから、理を長々運ぶ中に、身の不足なる。どういうものと思う。一つの理、救からんならんも一つの理、救からんも一つの理。事情は世界にある。世上理を見て、理を

明治二十二年頃
天野善七伺

明治二十二年頃天野善七伺さあ/\二三六一つ理、一時一つ処だん/\理。難しい事は言わん。どうせこうせとは言わん。身の内神のかしもの理分かる。前々定めるに定まらん。これはならん理。誠一つ理を見る。成る願の理聞き分け。自由自在足をとめ。これ聞け。自由自在誰彼とも誠より一つ理。所々にて一つの奮発もしようか、何の願分かる。どういう事も

明治二十二年一月十五日(陰暦十二月十四日)
大阪明心組より分教会所御許し願

明治二十二年一月十五日(陰暦十二月十四日)大阪明心組より分教会所御許し願さあ/\/\願う一条/\、尋ねる一条。さあ/\長らえての道/\、さあ/\一日の処、日々の処、これまでさあ/\神一条の道はこれからや。一手一つに運び、さあ/\大層々々であろ。先ず/\密っそ/\。掛かりは先ず/\秘っそ/\にして運ぶ処、さあ/\許そう/\/\

明治二十二年一月二十四日(陰暦十二月二十三日)午後十時
山本利三郎の地所内へ、詰員十三名の家を一手一つに建てるに付伺

明治二十二年一月二十四日(陰暦十二月二十三日)午後十時山本利三郎の地所内へ、詰員十三名の家を一手一つに建てるに付伺さあ/\一手一つという。前々に一つさしづ、どちらこちら定まる心が第一。心の理が第一。いかなる談示、一手一つに治まる。世界の理も分かろうか、治まろうか、思う処は十分の理。よう一つの処聞き分けの処、一時ならん、こちら

明治二十二年二月八日(陰暦正月九日)
増野正兵衞鼻血朝七八度出で、且左足のくさの障りに付伺

明治二十二年二月八日(陰暦正月九日)増野正兵衞鼻血朝七八度出で、且左足のくさの障りに付伺さあ/\身上の障り心得ん。どういうものであろ。いかなる処よう聞き分けねばならん。事情一つの理、余の儀外の儀で言わん。早く/\理治め。一つ理、これまで一つ理、どちらよかろ。第一治め居て早くどうなりとな。日々今日皆揃うて理を尋ねる。めん/\満