おさしづ

明治二十年十二月一日(陰暦亥十月十七日)
清水虎次郎伺

明治二十年十二月一日(陰暦亥十月十七日)清水虎次郎伺さあ/\いかなる処/\尋ねる事情聞き分けよ。幾重の道を運ぶ。ほんに成程と思た日がある。ほんに成程という心一つ定めて、家内の処順々の道というものは、長いと言うて話も、この道天然自然の道これが天の理である。元々天理王命と称するは、五十年前からの道筋、今日一つの生涯のさしづして置

明治三十二年一月二十七日
桝井おさめ胸つかえせつのうなるに付願

明治三十二年一月二十七日桝井おさめ胸つかえせつのうなるに付願さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上心得んという事情尋ねる/\。事情には一つ順序万事一つ理を諭し置こう。身上心得んから尋ねる。皆んな治まり無うても治めにゃならん。身上から楽しみ、どれだけ楽しみありて楽しもうと思えども、身上事情ありて楽しみなろうまい。心寄り合うて日々に苦

明治二十年十二月十二日
深谷源次郎願

明治二十年十二月十二日深谷源次郎願さあ/\尋ねる事情/\、一時どうせえと言うわんで。行く/\の道は、世界にあるで。行く/\の道、長い道、土台を一つ拵え。半期一年、そこに、一つの道がある。半期々々々々々々そこで一年という日がある。忙わし/\/\日いがある。不自由々々々々々々という道もあるで。早くという、未だ/\/\いう道もある

明治三十二年二月二十七日
西浦弥平身上願

明治三十二年二月二十七日西浦弥平身上願さあ/\尋ねる処/\、どうも身上に心得んという理を尋ねる/\。めん/\に身上に心得んの事情あれば、成程という理、言うまで治まる。身上心得ん。内々めんめんは言うまで。理を案じる/\。よう聞き分け。理を案じてはならん。内々にも理を案じてはならん。前々身上から諭し置いたる事がある。一時日々席々

明治二十年
上川孫兵衞四十四才身上願

明治二十年上川孫兵衞四十四才身上願さあ/\いかなる事情尋ねる。尋ねるから聞かそ。大抵の理は聞いて居る。難しい事は言わん。一つの道を見よか、一つの道運ぼか、この理を受け取りある。内々ちゃんと朝は起きる、日々頼もしい/\。それから理を出せばどんな理も出る。睦まじいは誠、天の理である。この順序伝え、皆同んなし理や。けれども、一人々

明治三十二年四月八日
平野トラ父冨造身上願

明治三十二年四月八日平野トラ父冨造身上願さあ/\尋ねる事情/\、身上から尋ねる。さあ/\尋ねる事情には人という理という。何も思わくはあろうまい。何にもあろまい。たゞ楽しみ一つ、若きそれ/\からたんのう諭して、これまで長らえて間という。年限の間という。心に捌かして事情理、一つ神の理順序有る無き、これまでめん/\目の前にある。そ

明治二十年
福住宗治四十七才願(十市郡池之内)

明治二十年福住宗治四十七才願(十市郡池之内)さあ/\いかなる処尋ねる事情、前に一つのさしづ聞いて、一つの理を計る。尋ねる事情聞き分け。めん/\身の処、自由自在という処聞いて居て分かり難ない。かりもの事情聞いて居る。内もめん/\未だ/\と思うは、誠の心である。遅い早いの理は無い。身は速やかと成り次第、直ぐと出るがよい。

明治三十二年五月四日 午後
増田ならえ身上願

明治三十二年五月四日 午後増田ならえ身上願さあ/\尋ねる事情/\さあ一度ならず二度ならず、さあ/\尋ねる事情/\、前前の事情尋ねる。事情には何にも思う事は無い。心に十分たんのうさしてやれというさしづ。又身上迫りて尋ねる。何度でも諭は変わらん。もう何時とも分かり難ない/\。これまで自由の理は尋ねる諭にある。又内々にも十分諭して

明治二十一年一月二十一日(陰暦十二月九日)
久保小三郎おさづけ頂戴願

明治二十一年一月二十一日(陰暦十二月九日)久保小三郎おさづけ頂戴願さあ/\運ぶ順序、これより一つの心、さあ/\十分心定め。さあ/\さづけ渡す。しいかり受け取れ。あしきはらひたすけたまへ天理王命、と、三遍づつ三遍。

明治三十二年六月七日
畑林清治郎身上願

明治三十二年六月七日畑林清治郎身上願さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上心得ん、十分心得ん事情いかな事であろう。どういう事であろうと思えども、身上判然せん。尋ねる順序理を諭する。身の内切なみ、長らえて/\この道何箇年以来、だん/\運んだる処、尽した処、めん/\道にこういう事ではと思うやろ。この心しっかり思い直さにゃならん。めん/