明治二十年十一月三十日深谷源次郎事情願 明治二十年十一月三十日深谷源次郎事情願速やか諭す事情尋ねる。一人々々の諭す処、めん/\も聞いても居るやろ。心次第心次第と言うてある処、事情尋ねる。成るに成らん/\一つの処、又些かの身の不足なりたる処、話して分かるようと。この理を一寸聞かして置こ。 2018.08.15
明治二十年十二月一日佐藤山三郎四十三才身上左に障りに付願(大津講元) 明治二十年十二月一日佐藤山三郎四十三才身上左に障りに付願(大津講元)さあ/\/\尋ねる処/\事情、さあ/\めん/\身上の処一つ/\これも誠々めんめん身上に遇うて成程という心無くていかんで。めん/\身の処、又一つ又一つ、だん/\に掛からん事には分からん。通る道に、ほんに成程と思た時の一つの心忘れぬようと、生涯の心定めねばならん 2018.08.15
明治二十年十二月一日(陰暦亥十月十七日)清水虎次郎伺 明治二十年十二月一日(陰暦亥十月十七日)清水虎次郎伺さあ/\いかなる処/\尋ねる事情聞き分けよ。幾重の道を運ぶ。ほんに成程と思た日がある。ほんに成程という心一つ定めて、家内の処順々の道というものは、長いと言うて話も、この道天然自然の道これが天の理である。元々天理王命と称するは、五十年前からの道筋、今日一つの生涯のさしづして置 2018.08.15
明治二十年十二月一日(陰暦十月十七日)山田伊八郎身上願(十月一日より足付け根疼くに付伺) 明治二十年十二月一日(陰暦十月十七日)山田伊八郎身上願(十月一日より足付け根疼くに付伺)いかなる処、さあ/\いかなる処よう聞き分けにゃならんで。さあこれまでの難渋の道筋、さああちらからもこちらからも、又けんにょむない処からも、どうともいろ/\の難し処もすうきりと遁れたるで。さあ身の障りの処、さあ神の道については、いろ/\心尽 2018.08.15
明治二十年十二月二日深谷源次郎願(ぢばに帰り泊り朝出立の時腰痛み身の障り伺) 明治二十年十二月二日深谷源次郎願(ぢばに帰り泊り朝出立の時腰痛み身の障り伺)さあ/\よう聞きて置かにゃならんで。どういう事情も聞く。何たらした事も聞く。誠というものは、案じは無い。元々五十年前からの道、めん/\何箇年前より/\、元事情諭する。幾重の道がこうなりて、重々の道伝え。又々、順々の道を知らそうと。押して伺 2018.08.15
明治二十年十二月三日深谷源次郎伺(前日に続いて御伺) 明治二十年十二月三日深谷源次郎伺(前日に続いて御伺)さあ/\又々内々の所も、又々の所もあるで。日々忙わしいてならんという所もあるで。あちらからやこちらからや、夜やら昼やらという所あるで。身内のたんのうやで。あちらからやこちらからやという所待ちて居る/\所もあるで。又々のさしづにも知らそ。 2018.08.15
明治二十年十二月三日 午前八時藤田佐兵衞身上伺(元斯道会第七号周旋方) 明治二十年十二月三日 午前八時藤田佐兵衞身上伺(元斯道会第七号周旋方)さあ/\だん/\の事を聞いてだん/\通る。一々尋ねるから、一々のさしづする。あちら/\踏ん張る。一つの根から又々芽が吹く。同し根なら同し芽やで。めんめんの心を出さんよう。同し根なら同し芽が吹く心出せ。一日踏ん張る日々踏ん張る処に、そこに戻る処ある。それ救け 2018.08.15
明治二十年十二月三日西村喜右衞門伺 明治二十年十二月三日西村喜右衞門伺さあ/\願う処尋ねる処、前々以て尋ねる処、誰も誰々願う処、真実の処、一日も十日、真実受け取りたる処、理を聞き分けねばいかんで。百姓に譬えて話する。心やで。月が遅れる、日が遅れる、という事無いで。さあ/\容れ物ちゃんと拵え。一人でもだんないで。容れ物をちゃんと拵え。これが理やで/\。一寸暫く。 2018.08.15
明治二十年十二月四日植谷吉治郎五十八才身上願(元斯道会二十一号世話方) 明治二十年十二月四日植谷吉治郎五十八才身上願(元斯道会二十一号世話方)さあ/\/\いかなる処もよう聞き分けねば分かり難ない。本実真生涯の処、さしづして置こ。何程のこうのう尽す。それに身の処不足出ける。知らんと思うものと思う身の内かりものと言うた処、こうさして貰た結構やと思う心を、神が受け取るから、身に不足無し。これ八つのほこ 2018.08.15
明治二十年十二月六日宇野善助五十二才小人身上願 明治二十年十二月六日宇野善助五十二才小人身上願さあ/\小人たる処、その身の障り、どういう事と思う。多くの中の理がある。内内の処一寸障りある。これまでの処、何にも分からなんだ。身の内かりもの/\と皆聞いて居たやろ。小人たる処、一寸身不足なりたるやろと思う。世界皆同じかりものという処、身の内のかりもの、人間の思うように行かんは、 2018.08.15