おさしづ

明治二十年十一月二十二日(陰暦十月八日)午前八時
宇野善助

明治二十年十一月二十二日(陰暦十月八日)午前八時宇野善助さあ/\/\/\/\/\/\/\よう聞き分け。いかなるも聞き分け。さあ/\今日より一つの処一日の日を忘れぬよう、しいかり受け取れ。さづけ渡すで。あしきはらいたすけたまへ天理王命、と、三遍ずつ三遍、三三三九遍の理を渡す。

明治二十年十一月二十二日(陰暦十月八日)
山田伊八郎伺(これまでの事伺)

明治二十年十一月二十二日(陰暦十月八日)山田伊八郎伺(これまでの事伺)さあ/\身の処いかるや/\、内なる処さあ/\よう聞き分けん事にゃならん。さあどういう事や知らん。難し、どういう事や知らん。さあ/\いかなるや/\ぢばにてもいろ/\と千筋や。さあいかなるや、あちらからどうやこちらからどうや、今のは一番正当である。さあ人が何事

明治二十年十一月二十四日 朝九時
粟田卯之助三十四才二十日前より左の眼悪しく痛み無し伺(第九号周旋方)

明治二十年十一月二十四日 朝九時粟田卯之助三十四才二十日前より左の眼悪しく痛み無し伺(第九号周旋方)さあ/\よう聞き分けねば分かり難ない。一人々々のさしづ、仮名な/\柔こい事で、理が締まる。仮名ばかり人間一条の事情、かりもの一条の事情、八つの道一条の事情、どうとは言わん。心次第。世界幾何名の者がある中、同んなし兄弟。めんめん

明治二十年十一月三十日
深谷源次郎事情願

明治二十年十一月三十日深谷源次郎事情願速やか諭す事情尋ねる。一人々々の諭す処、めん/\も聞いても居るやろ。心次第心次第と言うてある処、事情尋ねる。成るに成らん/\一つの処、又些かの身の不足なりたる処、話して分かるようと。この理を一寸聞かして置こ。

明治二十年十二月一日
佐藤山三郎四十三才身上左に障りに付願(大津講元)

明治二十年十二月一日佐藤山三郎四十三才身上左に障りに付願(大津講元)さあ/\/\尋ねる処/\事情、さあ/\めん/\身上の処一つ/\これも誠々めんめん身上に遇うて成程という心無くていかんで。めん/\身の処、又一つ又一つ、だん/\に掛からん事には分からん。通る道に、ほんに成程と思た時の一つの心忘れぬようと、生涯の心定めねばならん

明治二十年十二月一日(陰暦亥十月十七日)
清水虎次郎伺

明治二十年十二月一日(陰暦亥十月十七日)清水虎次郎伺さあ/\いかなる処/\尋ねる事情聞き分けよ。幾重の道を運ぶ。ほんに成程と思た日がある。ほんに成程という心一つ定めて、家内の処順々の道というものは、長いと言うて話も、この道天然自然の道これが天の理である。元々天理王命と称するは、五十年前からの道筋、今日一つの生涯のさしづして置

明治二十年十二月一日(陰暦十月十七日)
山田伊八郎身上願(十月一日より足付け根疼くに付伺)

明治二十年十二月一日(陰暦十月十七日)山田伊八郎身上願(十月一日より足付け根疼くに付伺)いかなる処、さあ/\いかなる処よう聞き分けにゃならんで。さあこれまでの難渋の道筋、さああちらからもこちらからも、又けんにょむない処からも、どうともいろ/\の難し処もすうきりと遁れたるで。さあ身の障りの処、さあ神の道については、いろ/\心尽

明治二十年十二月二日
深谷源次郎願(ぢばに帰り泊り朝出立の時腰痛み身の障り伺)

明治二十年十二月二日深谷源次郎願(ぢばに帰り泊り朝出立の時腰痛み身の障り伺)さあ/\よう聞きて置かにゃならんで。どういう事情も聞く。何たらした事も聞く。誠というものは、案じは無い。元々五十年前からの道、めん/\何箇年前より/\、元事情諭する。幾重の道がこうなりて、重々の道伝え。又々、順々の道を知らそうと。押して伺

明治二十年十二月三日
深谷源次郎伺(前日に続いて御伺)

明治二十年十二月三日深谷源次郎伺(前日に続いて御伺)さあ/\又々内々の所も、又々の所もあるで。日々忙わしいてならんという所もあるで。あちらからやこちらからや、夜やら昼やらという所あるで。身内のたんのうやで。あちらからやこちらからやという所待ちて居る/\所もあるで。又々のさしづにも知らそ。

明治二十年十二月三日 午前八時
藤田佐兵衞身上伺(元斯道会第七号周旋方)

明治二十年十二月三日 午前八時藤田佐兵衞身上伺(元斯道会第七号周旋方)さあ/\だん/\の事を聞いてだん/\通る。一々尋ねるから、一々のさしづする。あちら/\踏ん張る。一つの根から又々芽が吹く。同し根なら同し芽やで。めんめんの心を出さんよう。同し根なら同し芽が吹く心出せ。一日踏ん張る日々踏ん張る処に、そこに戻る処ある。それ救け