おさしづ

明治二十年十一月五日(陰暦九月二十日)
麻川与市この三十日程前より足しびれ運びつかぬ身の障り伺

明治二十年十一月五日(陰暦九月二十日)麻川与市この三十日程前より足しびれ運びつかぬ身の障り伺さあ/\よう聞き分けて、いつ/\までも、何かの処順序一時一つ聞き分け。諭する処、これは天然自然の道、一寸見え掛けてある。どうか一つたんのう、前一つ心でいうは第一の処、世界中善も悪も無い。どうもならん。どんと一つ処長々道、家内銘々それ/

明治二十年十一月八日(陰暦九月二十三日)午前十時
松田源蔵七日間腹痛に付願

明治二十年十一月八日(陰暦九月二十三日)午前十時松田源蔵七日間腹痛に付願さあ/\身の内の処よう聞き分けねばならん。さあ/\神の方には不足の身体は貸してない。不足というは、めん/\の心より。成程結構という事は分かるである。一寸道歩く。あゝ綺麗な花やなあと言うて通ったまで。さあ誠一つ願う時の心定めねばならん。内々めん/\身に知ら

明治二十年十一月十三日(陰暦九月二十八日)
萩原治兵衞身上願

明治二十年十一月十三日(陰暦九月二十八日)萩原治兵衞身上願さあ/\/\身の処に/\、さあ/\分からずして胸の内しいかりして、所々に一つ、今の処大き事は大きと思わず、心々。他の錦は要らん。心の錦、真実の錦を心に置き、傍の錦は何にも欲しいはない。心の錦を欲し。真実の道を弘めば、他の錦はすぅきり要らん。心にほうと思てはいかん。日々

明治二十年十一月十四日(陰暦九月二十九日)
萩原治兵衞身上願(前日に続いて)

明治二十年十一月十四日(陰暦九月二十九日)萩原治兵衞身上願(前日に続いて)幾重尋ねも同し事、身の内発散出けん/\いうは、何処にも無い。それ身の内一つ、身の内にもあれば世界にもあれば、身の一つの速やか/\、一つの思やん、誠一つがじゆうんや。天然自然の道を以ちて、これよう聞き分け。

明治二十年十一月十六日
礒田源右衞門四十才願(斯道会)

明治二十年十一月十六日礒田源右衞門四十才願(斯道会)さあ/\よう聞き分けねば、分からんで。結構々々で道を通る。たゞ結構では分からせんで。心々、神一条の道は誠一条の道を分かりてくれねばならんで。心一つ定めてくれねば分からんで。世上にどんな事があろが、心一つの心で通れば、よう通れるで。誠さい定めて居よなら、独り救かるで。

明治二十年十一月十六日
礒田源右衞門願(前の伺いについてさしづ)

明治二十年十一月十六日礒田源右衞門願(前の伺いについてさしづ)さあ/\何かの処も一ちと言うで分からん。一人々々の心に留まる。天然自然道や。往還道でも心に掛けずしては、踏み被ぶる。細道でも、心に掛けば、よう通れるものや。暫く心澄まして、一寸根の方へ力を尽せ。成るだけの踏ん張りをせねばならん。だん/\奮発する故よりの事。

明治二十年十一月十七日 午前九時
西井徳重五十四才身上願(京都元斯道会周旋係)

明治二十年十一月十七日 午前九時西井徳重五十四才身上願(京都元斯道会周旋係)さあ/\身の処何ぼうでも判然ならん/\という処、一寸の印あればたんのうという印拵え。踏み留めるはたんのうが踏み留めやで。たんのうが前々の処のさらえやで。たんのが前々のさんげである。

明治二十年十一月十八日(陰暦十月四日)
宇野善助五十二才願

明治二十年十一月十八日(陰暦十月四日)宇野善助五十二才願さあ/\いかなる処、精神上、今までの処何でも/\という精神受け取りたるで。何でも/\と思えば根が差す。根が差せば、根から芽が出る。成るだけ/\ひそやか/\として、心を何も彼も扶け合いの心定め/\。よう/\道がある/\。心一つ治まりがある。誠が心の錦である。内々の処へも伝

明治二十年十一月十九日
深谷悦次郎三十五才願

明治二十年十一月十九日深谷悦次郎三十五才願さあ/\いかなる処も、理を聞き分け。大抵々々年限も分かりてある。最初一つの道を分かり難くいものである。年限それ/\だけ分かり来る。世間の処どうやこうやとだん/\に悪風も聞いて越して来てある。けれどもだん/\の道聞いたる処分かり来てあると思て、楽しみは内々皆々々の処もこれへ結構となるの

明治二十年十一月二十日(陰暦十月六日)
山田伊八郎身上願(右の足の付け根障りに付伺)

明治二十年十一月二十日(陰暦十月六日)山田伊八郎身上願(右の足の付け根障りに付伺)さあ/\身の内の処、この理はどういう処、大抵成る成らんの道も通り、一つは銘銘の多くの中、その中まあどんと気掛かり、あちらからもこちらからもどう、兄弟の中からもどう、さあすうきり何も彼も苦がすうきり遁れたるで。さあ道は一条であるで。さあ尋ねに来る