明治二十年

明治二十年十月
深谷源次郎伺

明治二十年十月深谷源次郎伺さあ/\/\/\日々の事/\/\今一時どうせねばならん/\とは言わん。今の処というは、今日はこう/\と思う処ある。一人なりと一所なりと/\。内々成る処も思やんの処もある。日々の処も思う処がある。日々一人なりともという処続くよう。どうこもならんようになるで。今処内々の処も案じあるようなものやで。随分名

明治二十年十一月二十一日(陰暦十月七日)午後二時
増田甚七

明治二十年十一月二十一日(陰暦十月七日)午後二時増田甚七さあ/\/\/\いかなる処/\事情一つ、さあ/\事情道すがらを通して道に一つの事分からん。だん/\通り来たる処順々の道を知らそ。さあどういう道どんな道通りて定めた処、どういう処も尽す/\。よう聞き分け。どうなろうか/\と思う。その中に、誠一つ運ぶ。一つ兄弟々々の処なら、

明治二十年十二月六日(陰暦十月二十二日)
山田こいそ産後すきやかならぬに付伺

明治二十年十二月六日(陰暦十月二十二日)山田こいそ産後すきやかならぬに付伺さあ妊娠の処、世界から見るは余程難し道である。その妊娠産式の許し、これに一つの理があり、この理というは話、この理を聞き分けんというと、何も分からん。神心からは隔ては無い。さあ案ずればその案じに理を増す。この理をよう思やんせよ。さあ何かの処も苦がすうきり

明治二十年
今川聖次郎伺(備中と東京と両方より来てくれとの依頼に付、いずれへ参るか伺いたる時)

明治二十年今川聖次郎伺(備中と東京と両方より来てくれとの依頼に付、いずれへ参るか伺いたる時)さあさ尋ねる処、さあ繋ぐ/\、繋ぐ処から先どんと心治めて、早く繋ぐ処から先運べ。東京は如何致しますか一つ片付けば、又一つ運ぶがよい。一つ片付けば、又一つ運ぶがよい。

明治二十年
萩原治兵衞五十七才身上願

明治二十年萩原治兵衞五十七才身上願さあ/\尋ねる/\。よう聞き分け/\。めん/\どういう事も、尽す理も無い。歎く/\すぅきりやめにせよ。残念々々上ぼるのやで。今までのこうのう尽し誠積み、一つ/\分かり来てある処、成程今まで尽しこゝまで尽したと思う心じいと治め。めん/\の身の処不足ありて、これまでの処、尽したる処ありて通れて来

明治二十年二月二十四日(陰暦二月二日)午後七時
御諭

明治二十年二月二十四日(陰暦二月二日)午後七時御諭さあ/\分からん/\、何にも分からん。百十五才、九十才、これも分からん。二十五年不足、どうであろう。これも分からん。どうしても、こうしても、すうきり分からん。故に二十五年を縮め、たすけを急ぎ、扉を開いて世界をろくぢに踏み均らしに出た。神でのうてこの自由自在は出けようまい。止め

明治二十年三月十七日(陰暦二月二十三日)午後四時
刻限御話

明治二十年三月十七日(陰暦二月二十三日)午後四時刻限御話さあ/\治めにゃならん/\。何処も彼も皆すっきりと治める。どのような事も、見るも聞くも皆治める。どのようなさしづ聞くも、神のさしづ聞くと思わねばならんで。

明治二十年三月二十三日(陰暦二月二十九日)午前七時
御諭

明治二十年三月二十三日(陰暦二月二十九日)午前七時御諭さあ/\待ち兼ねた/\。東京々々長崎と言うてある日が来た。理あれども一つが分からん故に、やるものもちゃんとしてありながら、渡す事が出来なんだ。これが残念。さあ/\東京長崎いかなる道、銘々の道通らぬよう。いずれ/\刻限を見てやるものある、渡したいものもある。なれど渡すに渡せ

明治二十年四月十六日
梅谷四郎兵衞小人とみゑ頭にくさ出来もの出来しに付願

明治二十年四月十六日梅谷四郎兵衞小人とみゑ頭にくさ出来もの出来しに付願さあ/\小人の出物々々は、さあ/\あちらこちらに、出物と言うたばかりでは、分かりあろうまい。何でも急ぐ/\。刻限がもう程無う事、それを現わし悟るよう。さあ/\、皆々をしいかりと定めを付けるで。その知らせなり。

明治二十年六月六日
梅谷たね指の障りに付願

明治二十年六月六日梅谷たね指の障りに付願さあ/\身の内の障り、前の事を案じる。案じるは要らん。何でもどんと心を定めにゃいかんで。案じは要らん。小人の障り、親の心案じある故、映る事なり。何事も不自由して通るが楽しみ。いつ/\までやない。先の確かなる楽しみに、証拠渡してある。これを思やんしてくれねば分からんで。一寸の事ではない。