明治二十年

明治二十年九月十日(陰暦七月二十三日)四時
山瀬文次郎

明治二十年九月十日(陰暦七月二十三日)四時山瀬文次郎よう聞き分け。いかなる処々処で、一つ処取り究め、これから一つ処、さしづ中、しいかり、その中、いかなるも、通る。身の内いかなる知らす。どうゆ処、ようよう道のため、たすけ一条ため十分取り集め、一人なりとも奮発の処、何かの処、代わりもせねばならん。珍し証拠渡す。さあそれ/\大事の

明治二十年十一月十三日(陰暦九月二十八日)
萩原治兵衞身上願

明治二十年十一月十三日(陰暦九月二十八日)萩原治兵衞身上願さあ/\/\身の処に/\、さあ/\分からずして胸の内しいかりして、所々に一つ、今の処大き事は大きと思わず、心々。他の錦は要らん。心の錦、真実の錦を心に置き、傍の錦は何にも欲しいはない。心の錦を欲し。真実の道を弘めば、他の錦はすぅきり要らん。心にほうと思てはいかん。日々

明治二十年十二月二日
深谷源次郎願(ぢばに帰り泊り朝出立の時腰痛み身の障り伺)

明治二十年十二月二日深谷源次郎願(ぢばに帰り泊り朝出立の時腰痛み身の障り伺)さあ/\よう聞きて置かにゃならんで。どういう事情も聞く。何たらした事も聞く。誠というものは、案じは無い。元々五十年前からの道、めん/\何箇年前より/\、元事情諭する。幾重の道がこうなりて、重々の道伝え。又々、順々の道を知らそうと。押して伺

明治二十年十二月十四日
山瀬文次郎願

明治二十年十二月十四日山瀬文次郎願これまで尽す長々道中、いかなる処聞き分け。一つの心で理治まってある。ちょとの心得ある。どういう事も一つ理答え、どういう事十分一つのたすけ一条、日々見る処何でもこの理聞き分け。長い日長く、一つこれだん/\一つ心治まる。所一つの理見る処、一寸の心得というは済んだ。一寸どういうものである、ほんにな

明治二十年
数宝友三郎身上願(御津部内)

明治二十年数宝友三郎身上願(御津部内)同し兄弟それこの理を聞き分け。自分も同し兄弟なら一つのたんのうがさんげである。たんのうが誠。たんのうが神が好く。受け取る。又々内々の処心も澄み、世上のためや、たすけのためや。又々身の処障りありたら、尋ねに出るよう。何かの処の治めようがある。

明治二十年
増田つね二十五才(郡山)

明治二十年増田つね二十五才(郡山)さあ/\/\/\/\/\尋ね出る一つの席/\/\、さあ/\一つの席楽しみ楽しみ。内々だん/\揃い/\、一つの席十分なる。十分の所へ先ず/\一つ/\心をじいと鎮め/\。ようこれを聞き取りて、十分と理を聞き重ね、いつ/\までも理を治め。先ず/\一度々々。

明治二十年一月四日 (陰暦十二月十一日)
教祖お急込みにて御身の内御様子あらたまり、御障りに付、飯降伊蔵へ御伺いを願うと、厳しくおさしづありたり。(教祖御居間の次の間にて)

明治二十年一月四日 (陰暦十二月十一日)教祖お急込みにて御身の内御様子あらたまり、御障りに付、飯降伊蔵へ御伺いを願うと、厳しくおさしづありたり。(教祖御居間の次の間にて)さあ/\もう十分詰み切った。これまで何よの事も聞かせ置いたが、すっきり分からん。何程言うても分かる者は無い。これが残念。疑うて暮らし居るがよく思案せよ。さあ

明治二十年三月十一日(陰暦二月十七日)午後十二時
刻限御話

明治二十年三月十一日(陰暦二月十七日)午後十二時刻限御話内も世界も十分と思うであろう。さあ/\始め掛ける/\。どえらい山がある。ろくぢ/\という事も聞かせてある。山を刳り抜かねばろくぢでない。さあ/\刳り抜くで/\。それ/\へも伝えて置かねばならん。よう聞き分けて、じいとして見て居るがよい。

明治二十年三月二十日(陰暦二月二十六日)午前四時
真之亮代理伺

明治二十年三月二十日(陰暦二月二十六日)午前四時真之亮代理伺幾重の話聞く。大工というて知ったは神一条、仕事場は神一条、北は鍛冶屋南は大工で、神一条。さあ/\尋ねる処事情知らす。又々心で知らし置く。どうでも皆その日来るなら、働きも十貫目渡るもあり、二十貫目渡す者も皆心次第。これ心尽せし程、目札を付けて渡す。さあ/\付けるとも。

明治二十年三月
梶本松治郎父上身上の御願

明治二十年三月梶本松治郎父上身上の御願一つ心、我と我がでに我が身を責めるで。あちらでほゝ、こちらでおほゝと言うて居たらよい。又何でこうせにゃならん思い、心あちらでほゝ、こちらでほゝと言うて居たらよいのやで。一つの心が身に付き、何処も悪いのやないで。病でもない。心澄み切れば、そのまゝ何にも難しい事は無い。あちらでほゝ、こちらで