おさしづ

明治二十年一月二十四日(陰暦正月元旦)
教祖御話(教祖床から起き上られ、お髪を御上げになつて、一同に向い)

明治二十年一月二十四日(陰暦正月元旦)教祖御話(教祖床から起き上られ、お髪を御上げになつて、一同に向い)さあ/\十分練った/\。このやしき始まってから、十分練った。十分受け取ってあるで。

明治二十年二月十七日(陰暦正月二十五日)夜
教祖の身上御障りに付、いかゞと飯降伊蔵により願

明治二十年二月十七日(陰暦正月二十五日)夜教祖の身上御障りに付、いかゞと飯降伊蔵により願さあ/\すっきりろくぢに踏み均らすで。さあ/\扉を開いて/\、一列ろくぢ。さあろくぢに踏み出す。さあ/\扉を開いて地を均らそうか、扉を閉まりて地を均らそうか/\。成る立てやい、どういう立てやい。いずれ/\/\引き寄せ、どういう事も

明治二十年二月十八日(陰暦正月二十六日)早朝
二十六日のおつとめに就きて御願

明治二十年二月十八日(陰暦正月二十六日)早朝二十六日のおつとめに就きて御願二月十七日(陰暦正月二十五日)の夜、教祖御気分宜しく、御床の上にて御髪をお上げ遊ばさる。さあ/\いかなるも、よう聞き分けよ/\/\。さあ/\いかなるもどうも、さあ今一時、前々より毎夜々々々々伝える処、今一つのこの事情早うから、今からと言うたなあ

明治二十年二月十八日(陰暦正月二十六日)午後
明治二十年一月九日(陰暦十二月十六日)より教祖身上一寸御障りつき、御やすみになり、同一月十八日(陰暦十二月二十五日)の夜よりおかぐらづとめ並びに十二下り始まり、二月十七日(陰暦正月二十五日)夜まで、毎夜おつとめあり、又二月十八日(陰暦正月二十六日)正午十二時より教祖の御身上迫りしに付、それよりかんろだいにておかぐらおつとめ、あとへ十二下りのてをどりあり。その時真之亮より詰合いの人々へ、だん/\御談示の上「おつとめの時、もし警察より如何なる干渉ありても、命捨てゝもという心の者のみおつとめせよ」と仰せあり。それより皆々心を十分定め、その用意して、おつとめに掛かりたる者、地方 泉田藤吉、平野楢蔵、神楽 真之亮、前川菊太郎、飯降政甚、山本利三郎、高井猶吉、桝井伊三郎、辻忠作、鴻田忠三郎、上田いそ、岡田与之助(宮森与三郎)、お手振り 清水与之助、山本利三郎、高井猶吉、桝井伊三郎、辻忠作、岡田与之助、鳴物 中山たまへ(琴)、飯降よしゑ(永尾)(三味線)、橋本清(つゞみ)の人々なり。家事取締の任に当りたる者、梅谷四郎兵衞、増野正兵衞、梶本松治郎にて、以上総人数十九人なり。おつとめは午後一時より始まり、二時に終る。右おつとめの終ると共に、教祖息を遊ばされずなる。それより内蔵の二階の中にて、飯降伊蔵により御伺あり。

明治二十年二月十八日(陰暦正月二十六日)午後明治二十年一月九日(陰暦十二月十六日)より教祖身上一寸御障りつき、御やすみになり、同一月十八日(陰暦十二月二十五日)の夜よりおかぐらづとめ並びに十二下り始まり、二月十七日(陰暦正月二十五日)夜まで、毎夜おつとめあり、又二月十八日(陰暦正月二十六日)正午十二時より教祖の御身上迫りしに付、それよりかん

明治二十年二月十九日(陰暦正月二十七日)

明治二十年二月十九日(陰暦正月二十七日)願さあ/\/\/\いかなる伺い、尋ねる処、どういう事情。いかなる処にも運び、今一時尋ねる処、一つの話、ならん/\すうきりならん。内々これよう聞き分け。さあよう聞き分け/\/\/\。これ/\/\何を話をしようにも、幾重の話する。よう聞き分けねば分かり難ない。幾重にも言葉替えるで。さあ/\

明治二十年二月二十四日(陰暦二月二日)午後七時
御諭

明治二十年二月二十四日(陰暦二月二日)午後七時御諭さあ/\分からん/\、何にも分からん。百十五才、九十才、これも分からん。二十五年不足、どうであろう。これも分からん。どうしても、こうしても、すうきり分からん。故に二十五年を縮め、たすけを急ぎ、扉を開いて世界をろくぢに踏み均らしに出た。神でのうてこの自由自在は出けようまい。止め

明治二十年二月二十五日(陰暦二月三日)午後七時
御諭

明治二十年二月二十五日(陰暦二月三日)午後七時御諭第一をびやたすけ、さあ三日目三粒を三つ、三三九つを百層倍。これをかんろうだいへ供え、本づとめをして、元のぢばなる事を伝え、をびや許しを出す。

明治二十年三月一日
平野トラ身上願

明治二十年三月一日平野トラ身上願さあ/\心得ん、どういうもので心得んや。いかなるの理を聞き分け。身の内の処、一寸に分かるまい。身の内の処、日々心得んという処、処々に理があるという、理があるやら分かるまい。めん/\内々の処ある、分かろまい。精神一つ、誠一つ程強いものあるまい。大きな心開き、めん/\の処にて、何遍と無く、理を分か

明治二十年三月四日(陰暦二月十日)
刻限御話

明治二十年三月四日(陰暦二月十日)刻限御話何も分からん、分からん中より一寸始め掛ける。さあ何を聞くやら何を見るやら分からん。何を聞いても見ても、一寸も心に掛けるやない。皆神の働き。よう聞き分けるがよい。さあ/\身の内にどんな障りが付いても、これはという事がありても、案じるではない。神が入り込み、皆為す事や。

明治二十年三月四日(陰暦二月十日)
増野正兵衞胸の下障りに付伺

明治二十年三月四日(陰暦二月十日)増野正兵衞胸の下障りに付伺さあ/\身上の処よう聞き分け。日々暮らす一つ身の処、どういう処思案、よう聞け。めん/\処、いかなる処、めん/\処、身の障りというは国々所、いかなる、又々話聞く。いずれ又々、いかなる、誠一つ、所取り直し/\。さあ/\一日々々身の障り/\尋ね、めん/\の処、身の障りしか