毎日、当たり前のように手を合わせられること。それは、実はとても恵まれたことなのかもしれません。
今回ご紹介するのは、天理教道友社の若手カメラマン、茶谷さんのお話です。
レンズ越しに人々の祈る姿を見つめ続ける彼が、撮影のたびに欠かさない「小さな作法」とは?
日常の中で心を澄ますヒントが、この記事に隠されています。
シャッターを切る前の「一礼」に込めた思い
本部の月次祭(つきなみさい)で、参拝者にレンズを向ける前。茶谷さんは決まって、ほんの少しだけ頭を下げます。それは、周囲が気づかないほどささやかな会釈です。
「祈ってる最中に、撮らせていただくので。やっぱり、撮らせてもらうという気持ちで撮ることが大事だなと思って」
ただ記録として撮るのではなく、相手の祈りの場に立ち会わせてもらうという敬意。この謙虚な姿勢は、彼が日々、神様と向き合う時間を大切にしているからこそ生まれるものなのでしょう。
「忙しい」を「ありがたい」に変える、おつとめの力
かつては感情の起伏に悩み、「自分のことで精一杯だった」と語る茶谷さん。そんな彼を変えたのは、大学時代から始めた「一日一回のおつとめ」という心定めでした。
夜遅くにバイトから帰った時も、おぢば(天理教本部周辺)で撮影に出かける前も。どんな時でも、まずは神殿で手を合わせる。その静かな積み重ねが、いつしか彼を穏やかにし、「毎日勤務しながら参拝できるのはありがたいことだ」という感謝の心へと導いたのです。
先輩の背中から学び、次へとつなぐ
「今の自分がいるのは、尊敬する主任のおかげです」
そうまっすぐに語る彼の姿からは、信仰者としての温かなバトンが確実に受け継がれていることが伝わってきます。カメラマンとしての技術だけでなく、「信仰者としてどうあるべきか」という心構えを背中で示してくれる存在がいる喜び。
皆さんも、慌ただしい日常の中でふと立ち止まり、心を澄ます時間を持ってみませんか?
今回のインタビューの詳細は、ぜひ元記事(【総会特別企画】澄ましびと vol.〔1〕|シャッターを切る前に、まず手を合わせる。 – FRAGRA)はこちらからご覧ください。


