みかぐらうた「一下り目」の意味と現代語訳|原文つきで詳しく解説
一下り目では、正月、こゑのさづけ、豊年などを通して、親神様の守護と信仰の喜びが歌われます。
このページでは、みかぐらうた「一下り目」の原文、現代語訳、意味と解釈を一つずつ確認できます。全文を通して読みたい方は、みかぐらうた全文と意味一覧もあわせてご覧ください。
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- 一下り目1つの原文と現代語訳
- みかぐらうた「一下り目1つ」の現代語訳と意味
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このページで解説する歌
一下り目の全体の意味
一下り目では、正月、こゑのさづけ、豊年などを通して、親神様の守護と信仰の喜びが歌われます。
一下り目1つの原文と現代語訳
原文
一ッ 正月こゑのさづけは
やれめづらしい
現代語訳
万物が改まるめでたい年の初めのお正月に、親神様から「肥のさづけ」を頂戴するとは、いまだかつて聞いたこともない、なんと珍しくありがたいことでしょうか。このさづけによって、豊年満作のご守護をお約束くださる親神様のご恩に深く感謝し、喜び勇んで信仰の道を歩みます。
短い意味
「すべてが改まるめでたい年の初めのお正月に、親神様から『肥のさづけ』を頂くとは、なんと珍しくありがたいことだろうか」という、豊年満作と神のご守護を喜ぶお歌です。
みかぐらうた「一下り目1つ」の現代語訳と意味
みかぐらうたの一下り目は、豊年満作と親神様のご守護への喜びを歌った章です。その第1首目である「一下り目1つ」の現代語訳と、言葉に込められた深い意味や解釈を読み解くことで、天理教における信仰の喜びと、親神様への感謝の姿勢を学ぶことができます。
重要キーワードの解釈
- 正月(しょうがつ):すべてが新しく改まる年の初めであり、人間生活において最もめでたく陽気な時を表しています。心改まる出発の時とも解釈されます。手振りは扇の形を表し、末広がりな幸運を意味しています。
- こゑのさづけ(肥のさづけ):元治元年に教祖(おやさま)からお渡しくだされたおさづけです。糠三合、灰三合、土三合を合わせて神前に供え、これを取り次いで田畑に施すと、当時高価だった金肥一駄に相当する豊かな実りをお与えくださるという、不思議なご守護のことです。
- やれめづらしい:「やれ」は感嘆を表し、「めづらしい(珍しい)」はいまだかつて聞いたことがないほど素晴らしい、ありがたいことであるという深い喜びと感謝を意味しています。
この歌から得られる学びと核心ポイント
このお歌の解釈を通して、私たちは日々の生活における神恩への感謝と、信仰の本来の明るさを学びます。
- 万物が改まる正月のめでたさとともに、親神様から与えられる不思議なご守護(肥のさづけ)への純粋な喜び
- 目に見える肥料(金肥)以上に、親神様を信じる「心の誠・真実」こそが豊かな実り(ご守護)をもたらすという教理
- 一年中、常にお正月のようにおめでたく陽気な心で信仰生活を送ることの大切さ
一下り目2の原文と現代語訳
原文
二ニ につこりさづけもろたら
やれたのもしや
現代語訳
親神様から思いがけず不思議なご守護である「肥のさづけ」を頂戴し、心からの嬉しさと喜びで、思わずにっこりと微笑んでしまう。このさづけの理を頂いたならば、これから先の豊かな実りとお守護が約束されたようなものであり、これほど頼もしく、安心なことはない。
短い意味
「親神様から不思議なご守護である『肥のさづけ』を頂戴し、嬉しさのあまりにっこりと微笑む。このさづけがあれば、なんと頼もしく安心なことだろうか」という、喜びを歌ったお歌です。
みかぐらうた「一下り目2」の現代語訳と意味
みかぐらうたの「一下り目2」は、前首の「正月こゑのさづけ」に続き、親神様から不思議なご守護(さづけ)を頂戴した際の純粋な喜びと、将来への安心感を歌った章です。このお歌の現代語訳と、言葉に込められた深い意味や解釈を読み解くことで、親神様の働きに対する感謝と信頼の心の大切さを学ぶことができます。
重要キーワードの解釈
- にっこり:思いがけない尊い頂き物(さづけ)に対する、純粋な喜びの表現です。理屈ではなく、心から湧き上がる嬉しさによって自然とこぼれる微笑みを表しています。
- さづけもろたら:親神様から「肥のさづけ」を頂戴したこと。目に見える肥料ではなく、親神様の不思議なご守護の理を頂いたことを意味します。
- やれたのもしや:「やれ」は深い感動を表し、「たのもしや」は先の楽しみや確かな安心感を意味します。このさづけの理があれば、将来の豊年満作は間違いないという、親神様への絶対的な信頼が込められています。また神様の立場から、人間が喜んで受け取る姿を「頼もしい」と見守る親心として解釈することもできます。
この歌から得られる学びと核心ポイント
このお歌の解釈を通して、私たちは親神様のご守護に対する「喜び」と「安心」の信仰姿勢を学びます。
- 親神様からの与え(ご守護)に対して、理屈抜きに「にっこり」と喜ぶ純真な心を持つこと
- 目に見える物質的な豊かさ以上に、神様の理(さづけ)を頂くことの頼もしさと安心感を知ること
- 神様のご守護を信じ切り、将来に対する明るい希望と喜びを持って日々の信仰生活を送ること
一下り目3の原文と現代語訳
原文
三ニ さんざいこゝろをさだめ
現代語訳
私欲や人間思案を捨て去り、三歳の子供が親にすっかりもたれきるような純真無垢な心になりなさい。そして、親神様からの不思議なご守護(さづけ)に対して、損得を忘れて無心に喜び勇む心を、生涯変わらぬ自らの信仰の姿勢としてしっかりと定めなさい。
短い意味
「欲や汚れのない三歳児のような純真無垢な心、あるいは損得を忘れて喜び勇む陽気な心を、生涯揺るがぬ己の心としてしっかりと定めなさい」というお歌です。
みかぐらうた「一下り目3」の現代語訳と意味
みかぐらうたの一下り目3「三ニ さんざいこゝろをさだめ」は、神様からの不思議なご守護(さづけ)を頂戴した際の、人間としての心のあり方を教え諭す章です。この節の現代語訳や意味を深く解釈することで、天理教の信仰の基本となる純真な心の持ち方を学ぶことができます。
重要キーワードの解釈
- さんざい(三才・散財):「さんざい」には大きく二つの意味が込められていると解釈されます。一つは「三才(三歳児)の心」です。罪やけがれを知らず、親神様の親心に純真無垢にもたれきる心を意味します。もう一つは「散財の心」です。大和地方の言葉で、損得や欲にとらわれず、くったくなく愉快に喜び勇む陽気な心を指します。また、教祖からお授けいただいた「さんざいてをどり(あしきはらいのさづけ)」の理に基づく、たすけ一条の心とする見方もあります。
- こゝろをさだめ:そのような無欲で純粋な、喜び勇んだ心を一時的なものに終わらせず、生涯揺るがぬ自分の心としてしっかりと定めつけなさい、という教えです。
この節から得られる学びと核心ポイント
この一下り目3の教理を通して、私たちは神様の守護を頂戴するための器となる「心のあり方」について学びます。
- 人間の知恵や自己中心的な欲を捨てて、親神様にすっかりもたれきる「三つ子の心」に立ち返ること
- 損得勘定を忘れ、与えられた恵みに対して手放しに喜び勇む純粋な心を持つこと
- この喜び勇む心を、いかなる時も変わらぬ信仰の基本姿勢として「心を定める」ことの重要性
一下り目4の原文と現代語訳
原文
四ッ よのなか
現代語訳
私欲を忘れて無心になり、親神様への感謝で喜び勇む心をしっかりと定めたならば、その心に応えて、親神様はこの世界に「よのなか(大和地方の言葉で豊年満作)」すなわち豊かな実りと繁栄をもたらしてくださるのです。
短い意味
「そうして純真な心で喜び勇む信仰の姿勢を定めたならば、世界は『よのなか(豊年満作・豊かな実り)』に恵まれる」という、親神様からの素晴らしいお約束を歌ったお歌です。
みかぐらうた「一下り目4」の現代語訳と意味
みかぐらうたの一下り目4「四ッ よのなか」は、非常に短いお歌ですが、これまでの「肥のさづけ」を頂戴し、純真な心(さんざい心)を定めた結果として与えられる親神様のご守護が示されています。この節の現代語訳や意味を深く解釈することで、信仰の喜びがどのように世界へ波及していくかを学ぶことができます。
重要キーワードの解釈
- よのなか(世の中):単に「世界」や「社会」を指すだけでなく、大和地方(現在の奈良県)の古い方言で「豊年満作」や「豊饒」を意味します。人々が純真な心で勇むとき、神様も勇み、五穀豊穣や商売繁盛といった豊かな実り(よのなか)が世界にもたらされるという教理が込められています。
この節から得られる学びと核心ポイント
この一下り目4の短い言葉の中には、人間の心のあり方が世界全体の実りに直結するという、天理教の重要な教えが込められています。
- 私たちが欲を忘れ、無心に喜び勇む心を定めるとき、親神様もそれに応えて豊かな恵みをお与えくださること
- 人間の心の豊かさ(内面の実り)が、そのまま「よのなか(豊年満作)」という目に見える形(外面の実り)となって現れること
- 個人の信仰的な喜びが、世界全体の繁栄と陽気ぐらしにつながっていくというスケールの大きな世界観
一下り目5の原文と現代語訳
原文
五ッ りをふく
現代語訳
私欲を忘れて無心になり、親神様への感謝で喜び勇む心(さんざい心)をしっかりと定めたならば、親神様はその真心を受け取り、天の摂理(理)によって、私たちの周囲に自由自在のご守護や豊かな実り(利)を次々と吹かせて(芽吹かせて)くださるのです。
短い意味
「私たちが純真な心で喜び勇むとき、親神様はその真実に応えて、目に見える豊かなご利益(利・理)を吹かせてくださる」というお歌です。
みかぐらうた「一下り目5」の現代語訳と意味
みかぐらうたの一下り目5「五ッ りをふく」は、私たちが純真な心を定めた結果として与えられる、親神様からの素晴らしいお約束が示されています。この短い言葉の現代語訳と、そこに込められた意味や解釈を深く探ることで、私たちの心のあり方がどのように神様のご守護へとつながるのかが理解できます。
重要キーワードの解釈
- り(理・利):「り」には二つの深い意味が込められていると解釈されます。一つは天の「理(摂理)」であり、親神様の自由自在なお働きを指します。もう一つは「利(利益)」であり、豊年満作や商売繁盛といった目に見える豊かな恵みのことです。古い写本には「利をふく」と記されているものもあります。
- ふく(吹く):春風が吹いて草木が一斉に芽吹くように、神様のご守護が次々と現れ出る様子を表しています。
- りをふく:私たちが欲を忘れて無心に喜び勇む心を定めたとき、さづけの肥が心次第に効いて、親神様がこの世に豊かな「理(利)」を芽吹かせてくださるという力強いお約束の言葉です。
この節から得られる学びと核心ポイント
この一下り目5を通して、天理教の信仰における「心とご守護の関係」を学ぶことができます。
- 純真に喜び勇む「真心」こそが、神様のご守護(利)を引き出す原動力であること
- 神様の目に見えない働き(理)は、やがて目に見える豊かな恵み(利)として私たちの生活を満たしてくれること
- 見返りを求めない無心な信仰姿勢が、結果として最大の恵みをもたらすという真理
一下り目6の原文と現代語訳
原文
六ッ むしやうにでけまわす
現代語訳
私欲を忘れ無心になって親神様にもたれきり、喜び勇んで信仰の道を歩むならば、親神様はその真実の心を受け取り、いたるところに限りなく、とめどなく次々と豊かな実りや不思議なご守護を無制限に出来回させて(現れさせて)くださるのです。
短い意味
「無制限に、何もかもあらゆるものが限りなく豊富に出来てくる」という、世界中に満ちあふれる豊かな実りと親神様のご守護の広がりを歌ったお歌です。
みかぐらうた「一下り目6」の現代語訳と意味
みかぐらうた一下り目6「六ッ むしやうにでけまわす」は、純真な信仰心(さんざい心)によってもたらされる親神様の無限のご守護と、その豊かな実りが世界中に広がっていく様子が歌われています。このお歌の現代語訳と、そこに込められた意味や解釈を深く味わうことで、天理教が目指す「たすけ一条」の道のスケールの大きさを理解することができます。
重要キーワードの解釈
- むしやうに(無性に):無制限に、無尽蔵に、とめどなく、という意味です。単なる「むやみやたらに」というニュアンスではなく、人間の想像を絶するほど限りなく豊かにご守護が与えられる様子を表しています。
- でけまわす(出来回す):次々と多くの実りがあらわれること。おつとめの手振りでは「一列に廻る手」をつけることから、一部の地域や人だけでなく、世界中いたるところ隈なく豊かな実り(ご守護)が行き渡ることを意味しています。
この節から得られる学びと核心ポイント
この一下り目6を通して、私たちは親神様のご守護の無限なる広がりと、そこへ向かう信仰の喜びを学ぶことができます。
- 親神様の恵みは無際限であり、人間の心次第で無尽蔵に豊かな実りが与えられること
- 個人の純真な信仰心が、やがて世界中(いたるところ)の豊年満作や繁栄につながっていくこと
- 満ちあふれる生産の増進と、きわまりない「たすけ一条」の道の栄えに対する確信と喜びを持つこと
一下り目7の原文と現代語訳
原文
七ッ なにかにつくりとるなら
現代語訳
天の恵みと親神様のご守護を心から喜び、どのような作物であっても分け隔てなく、好悪の感情を交えずにあらゆる作物を豊かに作り取る(収穫する)ことができるならば。(この「なにか」は農作物に限らず、人間関係や日々の事柄を好き嫌いなく受け入れる姿勢にも通じています。)
短い意味
「天の豊かな恵みを心から喜んで、何もかもすべての作物を分け隔てなく豊かに作り取る(収穫する)ならば」という、親神様からの豊かな実りに対する喜びを歌ったお歌です。
みかぐらうた「一下り目7」の現代語訳と意味
みかぐらうたの一下り目7「七ッ なにかにつくりとるなら」は、親神様のご守護によってもたらされる豊かな収穫と、それを受け取る人間の心構えを歌ったお歌です。この節の現代語訳と、その言葉に込められた深い意味や解釈を読み解くことで、天理教における「実り」に対する感謝の姿勢を学ぶことができます。
重要キーワードの解釈
- なにかかに(何かに):いろいろな作物、何もかもすべてのものを意味します。単に特定の作物だけでなく、あらゆる作物を指すと同時に、好き嫌いや分け隔てなく物事を受け入れる心のあり方も示しています。
- つくりとるなら(作り取るなら):天の恵みを喜んで耕作し、豊かに収穫することです。これまでの「肥のさづけ」や「さんざい心」を定めた結果として、親神様が十分な実りをお与えくださるというご守護の現れを表しています。
この節から得られる学びと核心ポイント
この一下り目7を通して、私たちは親神様の恵みに対する感謝と、万物を分け隔てなく受け入れる心の大切さを学びます。
- 与えられた環境や恵みに対して、選り好みせずすべてを喜んで受け入れる(作り取る)素直な心を持つこと
- 自然の恵み(農作物)だけでなく、人間関係など日常のあらゆる事柄に対しても好悪の感情を交えずに接すること
- 無心に喜び勇む信仰姿勢が、結果として計り知れないほど豊かな実りをもたらすという教理
一下り目8の原文と現代語訳
原文
八ッ やまとハほうねんや
現代語訳
これまでの教えの通りに純真な心を定め、天の恵みを喜んであらゆる作物を豊かに作り取る(収穫する)ことができるならば、おぢばのあるこの大和の国は、素晴らしい豊年満作(豊かな実りと繁栄)に恵まれることでしょう。
短い意味
「おぢばのある大和の国は、素晴らしい豊年満作に恵まれる」という、親神様からの豊かなご守護と実りの喜びを歌ったお歌です。
みかぐらうた「一下り目8」の現代語訳と意味
みかぐらうた一下り目8「八ッ やまとハほうねんや」は、親神様の不思議なご守護によってもたらされる豊かな実りが、本教の発祥地である大和の国に満ちあふれる様子を歌っています。このお歌の現代語訳と、そこに込められた意味や解釈を深く学ぶことで、信仰による純真な喜びが、具体的な「豊年満作」として現れるという天理教の教理を理解することができます。
重要キーワードの解釈
- やまと(大和):親神様が鎮まる「おぢば」(人間創造の元初まりの地点)がある大和の国(現在の奈良県)を指します。本教の信仰の中心となる特別な場所です。
- ほうねん(豊年):農作物が豊かに実る「豊年満作」のことです。単なる農業の豊作にとどまらず、商売繁盛や人々の生活の豊かな繁栄、さらには陽気ぐらしの理想的な姿そのものを象徴しています。
この節から得られる学びと核心ポイント
この一下り目8を通して、私たちは親神様のご守護がもたらす目に見える確かな恵みと喜びを学びます。
- 純真な「さんざい心」を定め、すべてを喜んで受け入れることで、大和の国が豊年満作になるという親神様のお約束
- おぢばのある大和の国が豊かに潤うことは、やがて世界中が豊かな実りに包まれる「陽気ぐらし」世界実現への第一歩であること
- 目に見えない「心の誠真実」が、目に見える「豊年満作」という具体的な結果(恵み)として現れるという信仰の真理
一下り目9の原文と現代語訳
原文
九ッ こゝまでついてこい
現代語訳
これまで教えられた通りに心を定めて、親神様から豊年満作という素晴らしいご守護(恵み)をいただけるようになるまで、しっかりと心を定めて神様の教えについて来なさい。一度その恵みをいただいたならば、神恩に深く感謝し、なお一層精進してこの信仰の道を歩んで来なさい。
短い意味
「一度、豊年満作の恵みをいただいたならば、神恩に感謝し、なお一層親神様を慕って、この信仰の道へしっかりついて来なさい」というお歌です。
みかぐらうた「一下り目9」の現代語訳と意味
みかぐらうた一下り目9「九ッ こゝまでついてこい」は、これまでの教えを実践し、親神様からの豊かなご守護を受けられるようになるまで、しっかりと信仰の道を歩むことを促すお歌です。このお歌の現代語訳と、そこに込められた意味や解釈を深く学ぶことで、神恩への感謝と、さらなる成人の歩みの大切さを理解することができます。
重要キーワードの解釈
- こゝまで:単なる物理的な場所を指すのではなく、「親神様の豊かな恵み(豊年満作)を受けられるようになる精神的な境地まで」という意味が含まれています。また、「大和の豊年を目撃して信仰の効き目を見るまで」と解釈することもできます。
- ついてこい:親神様、教祖(おやさま)の教えや導きに素直に従って、しっかりと信仰の道を歩んで来なさいという親心からの力強い呼びかけです。
この節から得られる学びと核心ポイント
この一下り目9を通して、私たちは信仰における成人の過程と、恵みに対する感謝の姿勢を学びます。
- 親神様の教えを信じ、豊かな恵み(ご守護)が目に見えて現れる境地まで、心を定めてついて行くことの大切さ
- 一度恵みをいただいたならば、そこで満足するのではなく、神恩に感謝してさらに信仰を深めていく(成人していく)姿勢
- 目に見える豊年満作を通して、親神様のご守護を確信し、疑いなくついていく純真な信仰心を持つこと
一下り目10の原文と現代語訳
原文
十ド とりめがさだまりた
現代語訳
これまで教えられた通りに純真な心を定めて歩んできた結果、とうとう毎年豊かな収穫(取り目)が約束されました。凶作や不作の心配がなくなり、農作物に限らず、人生のあらゆる事柄において、親神様から豊年満作の変わらぬご守護をいただけるようになったのです。
短い意味
「とうとう毎年豊かな収穫が約束された」という、親神様からの確かなご守護によって、豊年満作が安定して続く喜びと安心感を歌ったお歌です。
みかぐらうた「一下り目10」の現代語訳と意味
みかぐらうた一下り目の結びとなる「十ド とりめがさだまりた」は、純真な信仰を貫いた結果として、親神様から不動の豊かな実りが与えられることを表しています。このお歌の現代語訳と、そこに込められた意味や解釈を深く味わうことで、信仰による喜びがどのように確かな結果として定まるのかが理解できます。
重要キーワードの解釈
- 十ド(とうど):「とうとう」「ついに」という意味です。教えに従い、純真な心(さんざい心)を定めて歩み続けた結果としての到達点を示しています。
- とりめ(取り目):作物の結実や収穫量のことです。単に農作物の豊作だけでなく、商売繁盛、家庭円満、さらには陽気ぐらしという人生万事における豊かな実り(幸福)を意味します。
- さだまりた(定まりた):収穫量が一定した、つまり凶作や不作がなくなり、毎年安定して豊かな恵みをいただけるようになった状態を指します。
この節から得られる学びと核心ポイント
この「一下り目10」を通して、私たちは真実の心をお供えし続けることで得られる、究極の安心と喜びを学ぶことができます。
- 親神様の教えを信じて歩み続ければ、とうとう(十ド)豊かな実りが約束されるという確信を持つこと
- 「とりめ(収穫)」とは、目に見える物質的な豊かさだけでなく、誠真実の心がもたらす「陽気ぐらし」という幸福の結実であること
- 一時的なご守護にとどまらず、親子孫代々にわたって「定まる(安定する)」という、親神様の変わらぬご守護のありがたさ

