みかぐらうた「よろづよ八首」の意味と現代語訳|原文つきで詳しく解説
よろづよ八首では、親神様が世界一列を見渡し、この世と人間創造の元を説き聞かせる思いが歌われます。みかぐらうた全体の中でも、教えの根本に触れる重要な部分です。
このページでは、みかぐらうた「よろづよ八首」の原文、現代語訳、意味と解釈を一つずつ確認できます。全文を通して読みたい方は、みかぐらうた全文と意味一覧もあわせてご覧ください。
- このページで解説する歌
- よろづよ八首の全体の意味
- よろづよ八首1つの原文と現代語訳
- みかぐらうた「よろづよ八首1つ」の現代語訳と意味
- よろづよ八首2つの原文と現代語訳
- みかぐらうた「よろづよ八首2つ」の現代語訳と意味
- よろづよ八首3つの原文と現代語訳
- みかぐらうた「よろづよ八首3つ」の現代語訳と意味
- よろづよ八首4つの原文と現代語訳
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このページで解説する歌
よろづよ八首の全体の意味
よろづよ八首では、親神様が世界一列を見渡し、この世と人間創造の元を説き聞かせる思いが歌われます。みかぐらうた全体の中でも、教えの根本に触れる重要な部分です。
よろづよ八首1つの原文と現代語訳
原文
よろづよのせかい一れつみはらせど
むねのわかりたものはない
現代語訳
人間創造の元初まり以来、いつの時代においても、そしてこの広い世界のどこを見渡してみても、人間を創造した親神である私の胸の内(人間を陽気ぐらしさせたいという真実の思い)を本当に分かっている者は、誰一人としていない。
短い意味
「いつの時代、どこの世界をくまなく見渡してみても、人間を創造した親神である私の深い思いを理解している者は一人もいない」という、親神様の切実な思いを歌ったものです。
みかぐらうた「よろづよ八首1つ」の現代語訳と意味
みかぐらうたの「よろづよ八首」は、親神様が直々に現れて、人間世界創造の真実やたすけ一条の道を説き明かす「立教の宣言」とも言える重要な部分です。その第1首目であるこの歌では、親神様の深い思いと、それをまだ理解できていない人間世界の現状が対比的に歌われており、その現代語訳や意味を知ることで、親神様の切実な親心を解釈することができます。
重要キーワードの解釈
- よろづよ(万世・万代):人間創造から現在に至るまでの「すべての時代」という時間の広がりを意味しています。
- せかい一れつ(世界一列):世界中のすべての人間。天地という親神様の懐住まいにある「空間的な広がり」を示し、「よろづよ」と合わせて、時空を超えた全人類を対象としていることがわかります。
- みはらせど(見晴らせど):世界中の人間をくまなく眺め渡してみても、という意味です。
- むねのわかりたものはない:親神様が人間世界を創造された「真実の思い」や「親心」を理解している者は、誰一人としていないという親神様の嘆きが込められています。
この歌から得られる学びと核心ポイント
この歌の解釈を通して、私たちは自分たちの無知に気づき、親神様の思いに近づく努力が求められていることを学びます。
- 親神様が人間を創造された根本の思い(陽気ぐらし)に気づくことの重要性
- 人間の知恵や思案では、神の深い胸の内を悟ることは難しいという自覚
- 親神様が直々に現れて教えを説かれることのありがたさと、その教えを素直に求める姿勢
よろづよ八首2つの原文と現代語訳
原文
そのはずやといてきかしたことハない
しらぬがむりでハないわいな
現代語訳
世界中の人々が親神の思いを理解していないのは、それももっともなことです。なぜなら、これまで親神が人間を創造した真実の思いや人生の目的を説き聞かせたことは、一度もなかったのですから。ですから、あなたたちが真実を知らないのは、決して無理もないことなのです。
短い意味
人間が神の思いを知らないのはもっともなことです。これまで親神がその真実を説いて聞かせたことはないのですから、知らなくて当然なのです。
みかぐらうた「よろづよ八首2つ」の現代語訳と意味
「みかぐらうた」のよろづよ八首の第2首は、前首で「世界中の人間を見渡しても、神の胸の内を理解している者はいない」と嘆かれた親神様が、その理由を自ら説き明かされるお歌です。この歌の現代語訳や意味を深く解釈することで、人間の無知をただ責めるのではなく、優しく包み込む親神様の深い慈愛(親心)を感じることができます。
重要キーワードの解釈
- そのはずや:「それも当然である」「もっともである」という意味です。人間が神の深い思いを知らない現状を、予め思い定めた通りであると容認されています。この手振りである「立てナゲ(強い述懐)」は、親神様の深い思いと人間への憐れみを表現しています。
- といてきかしたことハない:人間創造以来、これまで一度も、なぜ人間を創ったのか、人生の真の目的(陽気ぐらし)は何であるかという「親神様の真実の心」を説いて聞かせたことがない、という事実を示しています。
- しらぬがむりでハないわいな:親が教えてこなかったのだから、子供である人間が知らないのは無理もない、という温かい許しと慰めの言葉です。「わいな」という詠嘆の言葉には、人間の至らなさを包み込む深い親情がにじみ出ています。
この歌から得られる学びと核心ポイント
このお歌を通して、私たちは人間としての未熟さを自覚するとともに、親神様の計り知れない親心に気づかされます。
- 人間の無知や迷いを一方的に責めるのではなく、「無理はない」と優しく包み込む親神様の深い慈愛
- これまで明かされなかった宇宙や人生の真理(元初まりの真実)が、いよいよ説き明かされることへの期待
- 親神様の教えを聞いてこなかった過去を省み、これからの教えを素直に聴き入れる心の準備の重要性
よろづよ八首3つの原文と現代語訳
原文
このたびはかみがおもてへあらわれて
なにかいさいをときゝかす
現代語訳
天保9年10月26日という約束の時(旬刻限)が到来したこの度、人間を創造した親神である私が、教祖(おやさま)をやしろとしてこの世の表に自ら姿を現し、人間創造の元初まりの真実から、この世のあらゆる事象の存在理由に至るまで、何もかもすべての真実を詳細に説き聞かせよう。
短い意味
「この度は、約束の時が来たので、親神である私が自ら教祖をやしろとしてこの世に姿を現し、人間創造の真実や世の成り立ちのすべてを事細かに説き聞かせよう」という立教の宣言の歌です。
みかぐらうた「よろづよ八首3つ」の現代語訳と意味
みかぐらうた「よろづよ八首」の第3首は、親神様が教祖(おやさま)をやしろとしてこの世に姿を現し、すべての人間に真実を説き明かすという、天理教の立教の宣言とも言える重要なお歌です。このお歌の現代語訳と、そこに込められた意味や解釈を紐解くことで、親神様の深い思いに触れることができます。
重要キーワードの解釈
- このたび:天保9年10月26日(立教の日)という「旬刻限(約束の時)」の到来を意味します。初めて教えに触れ、親神様の導きを感じた時も、その人にとっての「この度」であると悟ることもできます。
- かみがおもてへあらハれて:元の神である親神様が、教祖をやしろとして、目に見える形でこの世の表に現れ出られたことを示しています。手振りの円を描く動作は、この世の表へ月日の神が現れた姿を表しています。
- なにかいさい:何もかもすべて、事細かにという意味です。親神様が創造・守護されているありとあらゆる事物事象の存在理由(なぜそうあるのか)を指します。
- ときゝかす:教祖の口を通して、親神様自らが親心をもって人間に教えを説き聞かせることを表しています。
このお歌から得られる学びと核心ポイント
このお歌からは、親神様が直接人間に語りかけるほどの強い救済の意志(親心)を感じ取ることができます。
- 立教の日を境に、これまで明かされなかった真実の教えが説かれ始めたという歴史的意義
- 親神様が教祖を通して直接語りかけてくださるという、人間にとっての大きな喜びと安心
- 説き聞かせられる「なにかいさい」の真実を素直な心で聞き、自らの信仰の歩みに生かす姿勢の大切さ
よろづよ八首4つの原文と現代語訳
原文
このところやまとのぢばのかみがたと
いうていれどももとしらぬ
現代語訳
この所(教祖がおいでになる大和国山辺郡庄屋敷村)を、人々は大和の「ぢば」であり、「神がた(神の館)」であると口々に言っているけれども、なぜここが神の館と呼ばれるのか、この世と人間創造の元初まりの真実や、その根本の由来(元のいんねん)を本当に知っている者は誰もいない。
短い意味
「人々はここを大和の『ぢば』であり『神の館』であると言っているけれども、なぜここがそう呼ばれるのか、その根本の由来を誰も知らない」というお歌です。
みかぐらうた「よろづよ八首4つ」の現代語訳と意味
みかぐらうたの「よろづよ八首4つ」は、天理教の信仰の中心である「ぢば」の重要性と、その真実の由来(元のいんねん)がまだ人々に知られていないことを説き明かすお歌です。このお歌の現代語訳と、そこに込められた意味や解釈を深く学ぶことで、親神様がお鎮まりになる「神の館」の尊さを理解することができます。
重要キーワードの解釈
- このところ:親神様が入り込まれた教祖(おやさま)がおいでになる所、すなわち本教発祥の地である大和国山辺郡庄屋敷村(現在の天理市)のお屋敷を指します。
- やまとのぢば:大和の国にある「ぢば」。単なる地理的な場所や地点を表すだけでなく、人間創造の元初まりの地点であることを示しています。
- かみがた(神がた):神の館、あるいは上方。親神様がお鎮まりになり、教祖が存命でお留まりくださる神聖な場所を意味します。
- もとしらぬ(元知らぬ):人々が「ぢば」や「神の館」と呼んではいても、なぜそこが尊い場所なのかという「元のいんねん(人間創造の由来)」の真実を誰も知らない、という現状を指摘しています。
このお歌から得られる学びと核心ポイント
この「よろづよ八首4つ」の解釈を通して、私たちは単に場所の名前を知るだけでなく、その奥にある深い教理の真理を知ることの大切さを学びます。
- 「ぢば」が人間創造の根本の地点であり、親神様が鎮まる「神の館」であるという空間的な真実
- 言葉や名称を知っているだけでなく、その「元(根本の由来)」を知ろうとする求道心の重要性
- これからいよいよ親神様によって、世界の「元のいんねん」が明かされることへの大きな期待と準備
よろづよ八首5つの原文と現代語訳
原文
このもとをくはしくきいた事ならバ
いかなものでもこいしなる
現代語訳
この人間創造の元初まりの真実や、親神様が鎮まる『ぢば』の根本の由来を、納得がいくまで詳しく聞いたならば、どのような者(これまで教えを疑っていた者)であっても、皆この『ぢば』が恋しく慕わしくなり、引き寄せられてくるに違いない。
短い意味
「この人間創造の元初まりの真実や、ぢばの根本の由来を詳しく聞いたならば、どんなに疑い深い者であっても、皆このぢばが恋しく慕わしくなるだろう」というお歌です。
みかぐらうた「よろづよ八首5つ」の現代語訳と意味
みかぐらうたの「よろづよ八首」の第5首は、親神様が鎮まる「ぢば」の根本的な由来(元のいんねん)を知ることの大切さと、それを知った時に沸き起こる人間の自然な心情を歌っています。このお歌の現代語訳と、そこに込められた意味や解釈を深く学ぶことで、ぢばへと心を寄せる大切さがわかります。
重要キーワードの解釈
- このもとを:前首の「もと(根本の由来)」を受けており、人間創造の元初まり以来の由緒因縁や、ぢばの由来のこと、すなわち天啓の教えそのものを指しています。
- くはしくきいたことならバ:単に耳にするだけでなく、詳細に、心の底から納得がいくまで真剣に教えを聞き取ることを意味しています。
- いかなものでも:だれでも皆という意味ですが、手振りから解釈すると、単にすべての人というだけでなく、「これまで疑い深かった者であっても」という深い意味合いが含まれています。
- こいしなる:恋しく慕わしくなること。人間にとって魂のふるさとである元のぢばに帰りたくなる、理に引き寄せられる人間の本然の情を表しています。
このお歌から得られる学びと核心ポイント
この「よろづよ八首5つ」の解釈を通して、私たちは教理を深く学び、納得することの重要性に気づかされます。
- 「元の理」や「ぢばのいんねん」を深く知ることで、自然と親神様やぢばを慕う心が芽生えること
- 表面的な理解ではなく、詳しく納得のいくまで教えを求める姿勢が大切であること
- 人間は魂の親里であるぢばへと引き寄せられる本質を持っていること
よろづよ八首6つの原文と現代語訳
原文
きゝたくバたづねくるならいうてきかす
よろづいさいのもとなるを
現代語訳
この人間創造の元初まりの真実や、なぜこの場所が尊いのかという根本の由来を聞きたいと思うならば、自ら進んでこの元のぢばへと尋ねて来なさい。そうしたならば、この世と人間のあらゆる事象の根本のいんねんについて、すべて詳しく言って聞かせよう。
短い意味
「この人間創造の根本の由来を聞きたいと思うなら、元のぢばへ尋ねて来なさい。そうすれば、すべての事柄の根源について詳しく言って聞かせよう」という、教えを求める主体的な姿勢を促すお歌です。
みかぐらうた「よろづよ八首6つ」の現代語訳と意味
みかぐらうた「よろづよ八首」の第6首は、親神様がこの世の根本の真実(元のいんねん)を説き明かすにあたり、人間側に対して自ら進んで教えを求める姿勢を促しているお歌です。このお歌の現代語訳と、そこに込められた意味や解釈を学ぶことで、信仰における主体性の重要性が理解できます。
重要キーワードの解釈
- きゝたくバ(聞きたくば):教えを聞きたいと思うならば。親神様の教えに対する純粋な求道心を表しています。
- たづねくるなら:単に訪問する「訪ねる」ではなく、真理を求めて「尋ねる」という意味が含まれています。自ら元のぢばへ足を運び、教えを求める積極的な行動が求められています。
- いうてきかす:真に心から求める姿勢がある者には、親神様自らが天啓の教えを説き聞かせるというお約束です。
- よろづいさいのもと:すべての事柄の根源。人間創造の元初まりから、この世のありとあらゆる事象の存在理由(元のいんねん)に至るまでの一切を指しています。
このお歌から得られる学びと核心ポイント
この「よろづよ八首6つ」の解釈を通して、私たちは教えを受け身で待つのではなく、自ら求めることの大切さを学びます。
- 真実の教えは、自ら進んで尋ね求める者に対して説き明かされるという主体的信仰の重要性
- 魂のふるさとである「元のぢば」へ帰り、直接教えに触れることの意義
- 親神様が、すべての事柄の根本(元のいんねん)を明らかにして人間を導こうとされている深い親心
よろづよ八首7つの原文と現代語訳
原文
かみがでゝなにかいさいをとくならバ
せかい一れついさむなり
現代語訳
親神である私が、教祖(おやさま)をやしろとしてこの世の表に姿を現し、人間創造の元初まりからあらゆる事象の真実(元のいんねん)に至るまで、何もかもすべてを詳細に説き聞かせたならば、世界中のすべての人間は、真の人生の目的を知って心から陽気に勇み立ってくるのである。
短い意味
「親神様が教祖(おやさま)を通してこの世に姿を現し、あらゆる事柄の真実を詳細に説き明かしたならば、世界中の人々は皆、心から明るく勇み立ってくるだろう」という、陽気ぐらしへの希望を歌ったお歌です。
みかぐらうた「よろづよ八首7つ」の現代語訳と意味
みかぐらうたの「よろづよ八首」第7首は、親神様がこの世に現れて真実の教えを説き明かすことで、世界中の人々が陽気に勇み立つという希望に満ちたお歌です。このお歌の現代語訳と、そこに込められた意味や解釈を深く学ぶことで、教えを聞いて心が勇むという信仰の本来のあり方が理解できます。
重要キーワードの解釈
- かみがでゝ(神が出て):親神様が教祖(おやさま)をやしろとして、この世の表に姿を現されたことを意味します。
- なにかいさい:何もかもすべて。人間創造の元初まりから、この世のあらゆる事象の根本のいんねん(存在理由)に至るまでの詳細を指します。
- とくならバ:親神様が親心をもって、人間に分かりやすく教えを説き聞かせることを表しています。
- せかい一れついさむなり:真実の教えを聞き、この世が親神様の守護する陽気ぐらしの世界であることを知って、世界中のすべての人々が心から明るく勇み立ってくる様子を表しています。
このお歌から得られる学びと核心ポイント
この「よろづよ八首7つ」の解釈を通して、私たちは真実の教えに出会う喜びと、そこから生まれる「勇み」の心の大切さを学びます。
- 親神様が教えを説かれる究極の目的は、人間の心を陽気に「勇ませる」ことにある
- 真実の教え(元のいんねん)を深く知ることで、人生の目的が明確になり、自然と心が勇んでくる
- 教えを聞いて自らが勇むだけでなく、世界中の人々(一列)が共に勇む陽気ぐらしの世界を目指す姿勢
よろづよ八首8つの原文と現代語訳
原文
一れつにはやくたすけをいそぐから
せかいのこゝろもいさめかけ
現代語訳
親神である私は、世界中のすべての人間(一列)を一日も早くたすけ上げ、究極の救済である「陽気ぐらし」の理想世界を実現したいと急き込んでいます。そのため、まず私自身が勇んで真実の教えを説き、世界中の人々の心が明るく陽気に勇み立つように働きかけよう。だから人間たちも、神の親心に応えて、共につとめを勤め、勇んでかかっておくれ。
短い意味
「親神である私は、世界中のすべての人々を一日も早く救済したいと急いでいるので、世界中の人々の心も明るく勇ませてかかろう」という、神の強い救済の思いと決意を歌ったお歌です。
みかぐらうた「よろづよ八首8つ」の現代語訳と意味
みかぐらうたの「よろづよ八首」の最後を締めくくる第8首は、親神様が全人類のたすけを急ぐ切実な親心と、人々の心を陽気に「勇ませる」という強い決意が歌われています。このお歌の現代語訳と、そこに込められた意味や解釈を深く学ぶことで、天理教における信仰の喜びと「勇み」の大切さが理解できます。
重要キーワードの解釈
- 一れつに:世界中のすべての人間を、差別なく平等に(一列に)たすけたいという、親神様の広大な親心を表しています。
- はやくたすけをいそぐから:一日も早く人間を救済したいという親神様の切実な思いです。ここでの「たすけ」とは、単なる病気や災難からの救済にとどまらず、究極のたすけである「かんろだい世界(陽気ぐらしの理想世界)」の実現を意味しています。
- せかいのこゝろも:一部の人間だけでなく、世界中のすべての人間の心を対象としています。「も」という言葉には、親神様ご自身がまず勇んで働きかけるから、それに応えて人間「も」勇んでほしいという神人和楽の思いが込められています。
- いさめかけ:「神が人間を勇めかける」という意味と、「人間自身が勇んでかかれ(つとめを勤めよ)」という意味の両方の解釈があります。人が勇めば神も勇み、神が勇めばさらに人が勇むという、陽気ぐらしへの相乗効果を示しています。
このお歌から得られる学びと核心ポイント
この「よろづよ八首8つ」の解釈を通して、私たちは親神様の深い慈愛に触れ、自らも陽気に生きる(勇む)ことの大切さを学びます。
- 世界中の人々を一日も早くたすけたいという、親神様の急き込むような強い親心
- 信仰の基本は「勇む」ことであり、神と人が共に勇み立つことで陽気ぐらしが実現すること
- 親神様の働きかけに応え、私たち自身も「つとめ」を通して自らの心を勇ませていく主体的な姿勢の重要性

