みかぐらうた「第1節〜第3節」の意味と現代語訳|原文つきで詳しく解説
第1節から第3節は、みかぐらうたの冒頭にあたる座りづとめの部分です。親神様への祈り、この世の始まり、心を澄ませてかんろだいへ向かう信仰の基本が歌われています。
このページでは、みかぐらうた「第1節〜第3節」の原文、現代語訳、意味と解釈を一つずつ確認できます。全文を通して読みたい方は、みかぐらうた全文と意味一覧もあわせてご覧ください。
このページで解説する歌
第1節〜第3節の全体の意味
第1節から第3節は、みかぐらうたの冒頭にあたる座りづとめの部分です。親神様への祈り、この世の始まり、心を澄ませてかんろだいへ向かう信仰の基本が歌われています。
第1節の原文と現代語訳
原文
あしきをはらうてたすけたまへ
てんりわうのみこと
現代語訳
人間が抱える病気や災難の根本的な原因である、私の心のほこり(自己中心的な悪い心)を、自ら払い清める努力をいたしますので、どうかあらゆる苦難からお救いくださいませ、親神・天理王命様。
短い意味
「私の心にある『悪しき(心のほこり)』を自ら払い清めますので、どうかお助けください、親神・天理王命(てんりおうのみこと)様」という、信仰の基本姿勢を示す祈りの歌です。
みかぐらうた「第1節」の現代語訳と意味
みかぐらうた第1節「あしきをはらうて たすけたまへ てんりわうのみこと」は、天理教において最も基本となる祈りのお歌です。ここでの現代語訳として、「心にある悪いほこりを払い清めるので、どうかお助けください」と訳されることが多いですが、その言葉の裏には深い意味と解釈が込められています。
重要キーワードの解釈
- あしき(悪しき):単なる病気や災難などの表面的な不幸ではなく、その根本原因である「心のほこり」や「自己中心的な悪い心」を指しています。
- はらうて(払うて):自ら心のほこりを払うという自発的な決意を表すと同時に、親神様の教え(箒)とお働きによって初めて払うことができるという、神と人との共同作業を意味しています。
- たすけたまへ:自分自身の救済だけでなく、あの人もこの人も、世界中の人々をお救いくださいという、他者へのたすけ(世界だすけ)を祈る広い心を表しています。
- てんりわうのみこと:この世と人間を創造された元の神、実の神である親神天理王命様のことです。手振りには、親神様が人間を招き寄せる親心や、人間が神の守護を呼び寄せるという意味が込められています。
この節から得られる学びと核心ポイント
この第1節は、単に神に救いを求めるだけでなく、「まず自分自身の心を省み、きれいに保つ努力をする」という自発的な信仰姿勢を説いています。みかぐらうたの解釈を通して、日々の心のあり方を見つめ直すことが求められています。
- 不幸の根本原因である「心のほこり」に気づき、自ら掃除する決意を持つこと
- 神様のお力にすがりつつ、自分自身でも努力をする実践的な姿勢を持つこと
- 自分一人のたすかりに留まらず、世界中の人々のたすかりを願う利他の心を持つこと
第2節の原文と現代語訳
原文
ちよとはなしかみのいふこと
きいてくれあしきのことは
いはんでなこのよのぢいと
てんとをかたどりてふうふを
こしらへきたるでなこれハこの
よのはじめだし
(なむてんりわうのみこと)
現代語訳
これから親神である私が、人間世界の根本の真実について少し話をするから、素直な心でしっかり聞いておくれ。人間にとって悪いこと、病になるような不都合なことは決して言わないから安心しなさい。私はこの世の始まりに、天と地の理をかたどって、人間生活の基盤となる夫婦を創り出し、今日まで守り育ててきた。これこそが、この世と人間を創め出した根本の真実なのだよ。南無天理王命(親神天理王命様におすがりいたします)。
短い意味
親神である私が少し話をするから、しっかり聞いておくれ。決して悪いようには言わないから。この世界の天と地の理になぞらえて、夫婦というものを創り出してきた。これが、この人間世界の始まりの真実なのだよ。
みかぐらうた「第2節」の現代語訳と意味
みかぐらうたの第2節は、親神様が人間に対して直接語りかける形式をとっており、この世と人間の元初まりの真実が明かされています。人間にとって身近な「夫婦」の成り立ちについて説かれ、そこから深い意味と解釈を導き出すことができます。
重要キーワードの解釈
- ちよとはなし:親が子に語りかけるような、優しく親しみ深い呼びかけの言葉です。人間を諭し、教え導こうとする深い親心が表れています。
- あしきのことはいはんでな:人間を病や不幸に陥れるような悪いことは決して言わない、という安心感を与える言葉です。素直な心で教えを聞くことの大切さを示しています。
- ぢいとてんとをかたどりて ふうふをこしらへ:天と地が互いに抱き合って万物を育む理(天地抱き合わせの守護)になぞらえて、夫婦が創られたことを表しています。夫婦和合こそが、人間生活の基盤であり陽気ぐらしの根本です。
- はじめだし:これがこの世と人間の元初まりの真実であるという宣言です。
この節から得られる学びと核心ポイント
この第2節の現代語訳を通して、私たちは人間創造の根本の理を学ぶことができます。
- 親神様が私たち人間を深い慈愛をもって導こうとされていること
- 夫婦和合が人間社会の基盤であり、互いに立て合い助け合うことが陽気ぐらしへの第一歩であること
- 人間は皆、親神様によって創られ、生かされている存在(かしもの・かりもの)であるという元初まりの理
第3節の原文と現代語訳
原文
あしきをはらうてたすけ
せきこむいちれつすまして
かんろだい
現代語訳
親神である私は、世界中の人間たちの胸の内にある悪しき(心のほこり)を払い清め、一日も早く真実のたすけ(陽気ぐらしの実現)をしたいと急き込んでいます。世界中の人々の心を等しく澄み切らせたならば、人間創造の元の場所であるぢばに、その証拠として甘露台を建て上げ、天の与え(甘露)を授けましょう。私たち人間も、この親神様の思惑に一つ心になり、自らの心を澄ます努力をいたします。
短い意味
「世界中の人の心のほこりを払い、究極のたすけを急いでいる。皆の心が等しく澄み切ったあかつきには、元のぢばに甘露台を建て上げよう」という、陽気ぐらし世界実現に向けた親神様の切なる思いを表す歌です。
みかぐらうた「第3節」の現代語訳と意味
みかぐらうたの第3節は、親神様が世界中の人々を救済し、究極の理想世界である「陽気ぐらし」を実現したいという強い思い(神の思惑)が明かされています。この節の現代語訳や意味を深く味わうことで、天理教の信仰の目標が明確になります。
重要キーワードの解釈
- あしきをはらうて:第1節が人間の側から自らの心のほこりを払う祈りであったのに対し、第3節は、親神様ご自身が人間の胸三寸の悪しき(ほこり)を払い清めようとするお働きを意味しています。
- たすけせきこむ:親神様がたすけを「急き込む(急ぐ)」様子を表しています。この「たすけ」とは、単に病気や災難から救うことだけでなく、世界中の人間が陽気に暮らすという究極のたすけ(めづらしたすけ)を指しています。
- いちれつすまして:世界中のすべての人間(一列)の心を、濁りのないきれいな状態に澄み切らせることを意味します。一部の人だけでなく、全人類のたすかりを目指しています。
- かんろだい:人間の創造地点である「ぢば」の標識であり、天の与え(甘露)を頂くための台です。世界中の人々の心が澄み切った時に完成する、陽気ぐらし世界の象徴とも言えます。手振りには、元初まりから教祖へと至る理の継承が表現されています。
この節から得られる学びと核心ポイント
この第3節の解釈を通して、私たちは信仰の究極の目標と、そこに向かう自らの姿勢を学ぶことができます。
- 親神様が全人類のたすけと陽気ぐらし世界の実現を強く急いでおられること
- 私たち人間も親神様の思いに寄り添い、自らの心を澄ます(胸の掃除をする)努力が求められていること
- 「かんろだい」の建設という目に見える目標と、世界一列の心の澄み切りという内面的な目標が一体であること

