余命宣告からの奇跡。父の涙が教えてくれた「信仰の喜び」をつなぐということ

家族の誰かが大きな病を患ったとき、私たちはどう心を定め、神様に願いを届ければよいのでしょうか。今回は、25年前に余命宣告を受けたお父様との歩みを振り返る、ある教会長夫人のエッセイをご紹介します。

「治るはずがない」と言われた絶望から、どのようにして家族は希望を見出し、そして今、新たな世代へと信仰が引き継がれていくのか。心温まる感動のストーリーです。

余命宣告のあの日、家族に灯った小さな希望

今から25年前、長女の誕生という喜びに包まれる中、筆者のお父様に「脳腫瘍」という診断が下されました。手術はできず、余命宣告という過酷な現実。当時、幼い子供だった筆者にとって、お父様は日々の活動の中で「おたすけ(救済の活動)」の楽しさを教えてくれる、かけがえのない存在でした。

絶望の中で、お母様がとった行動は、ひたすらに神殿へ向かい、おつとめを勤めることでした。

「あのころ、おつとめを勤めている時間が一番安心できた。教祖がそばにいてくださると感じ、本当に有り難かった」

その純粋な祈りは、やがて腫瘍が消えるという不思議なご守護として結実しました。当時の母の姿は、いまも筆者の心を支える「信仰の原点」となっています。

祖父から孫へ。涙に込められた信仰のバトン

奇跡的なご守護をいただき、その後お父様は傘寿(80歳)を迎え、13人の孫に囲まれるまでになりました。先日行われた初孫(長女)の結婚式では、喜びと感謝の涙を流すお父様の姿がありました。

その涙は、単なる喜びだけではありません。絶望を希望に変えてくれた親神様・教祖への深い感謝と、「信仰という宝物」を次の世代へつないでいくことの尊さを物語っているように感じられたといいます。

今を生きる私たちへのメッセージ

家族の危機を乗り越え、何十年という月日を経て、信仰が親から子、そして孫へと受け継がれていく様子は、まさに「信仰の家族」のあり方そのものです。日々の困難を「神様との繋がり」に変えていくことの尊さを、改めて教えてくれるエッセイです。

ぜひ、元の記事でその温かな思いに触れてみてください。

元記事(父の涙が伝えるご守護の有り難さ – 小さな灯り 3 | 天理時報オンライン)はこちら