日々の暮らしの中で、思い通りにならないことに直面したとき、皆さんはどんな心を向けていますか?
今回は『天理時報』の人気連載「おやのことば・おやのこころ」から、明治時代に起きた「雨乞いづとめ」にまつわる心温まるエピソードをご紹介します。教祖が示された親心とはどのようなものだったのでしょうか。
「雨を止めるのではない、雨を与えるのだ」
教祖は折に触れて、親神様の理(おさめぐみ)について教えてくださいました。明治26年8月4日の「おさしづ」には、このようなお言葉が記されています。
日々に皆心の理にある。雨止めるやない。雨あたゑと言う。
私たちはつい、自分の都合で物事を考えてしまいがちですが、教祖は「雨」という事象に対しても、すべてが親神様の深い慈しみであると教えてくださっています。
倉橋での出来事――教祖の慈愛に触れて
時は明治16年8月。当時、雨乞いのお願いに来た人々に、教祖は「行ってつとめておやり」と温かくお聞き届けになりました。
しかし、当時は厳しい取り締まりの中。ある村での雨乞いづとめが警察の介入を招いてしまい、翌日予定されていた倉橋出屋鋪村でのおつとめは、泣く泣く断念せざるを得ない状況となりました。
その中止を伝えるために、高井猶吉先生が倉橋の地へ足を踏み入れたとき、不思議なことが起こります。
それまで晴れていた空が、高井先生が村に入った途端に一天かき曇り、恵みの雨が降り出したのです。村の人々はこれに狂喜したと伝えられています。教祖の「つとめておやり」というお言葉と、その場に高井先生が着いた瞬間の出来事は、まさに親神様の守護がそこにあったことを物語っています。
親心に満ちた世界を感じて
このお話からは、教祖のお言葉が単なる指示ではなく、親神様の温かな心そのものであることが伝わってきます。私たちが日常で出会う出来事の一つひとつも、実はこのように親心に満ちているのかもしれません。
ぜひ、当時の情景や教祖の想いに思いを馳せながら、元記事を読んでみませんか?



